オハイオ州のウェイン郡のミルトン・タウンシップで生まれた。1869年にミシガン農業大学を卒業した後、ハーバード大学でエイサ・グレイのもとでも学んだ。1870年からアイオワ農業大学の助手、研究員を務め、1884年から、ネブラスカ大学で植物学教授を務め、1909年に学部長を務めた。
植物分類に進化の考え方を導入することを主張し、1915年に顕花植物の分類に、進化論に基づく分類体系(ベッシー分類体系:Bessey system)を発表したことで知られる。系統分類学の基礎となったと評価される。また大規模な人工林の植林実験を行い、ネブラスカ国有林の基礎を作った。
1911年にアメリカ科学振興協会の会長に選ばれた。2009年にネブラスカ名誉殿堂(Nebraska Hall of Fame)に選ばれた。
息子のアーネスト・ベッシー(Ernst Athearn Bessey:1877-1957)はミシガン州立大学の植物学の教授となった。