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ギャングレル

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ギャングレル(Gangrel、本名:David William Heath、1969年2月16日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。フロリダ州タンパ出身[1]。

リングネーム ギャングレル
バンパイア・ウォリアー
デストラクション
ザ・ブラックハート
ザ・ドルイド
ザ・ウォーロック
ブラック・ファントム
デビッド・ヒース
本名 デビッド・ウィリアム・ヒース
ニックネーム 吸血鬼
身長 188cm
概要 ギャングレル, プロフィール ...
ギャングレル
ギャングレルの画像
2010年
プロフィール
リングネーム ギャングレル
バンパイア・ウォリアー
デストラクション
ザ・ブラックハート
ザ・ドルイド
ザ・ウォーロック
ブラック・ファントム
デビッド・ヒース
本名 デビッド・ウィリアム・ヒース
ニックネーム 吸血鬼
身長 188cm
体重 120kg(全盛時)
誕生日 (1969-02-16) 1969年2月16日(57歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州の旗 フロリダ州タンパ
トレーナー ボリス・マレンコ
デビュー 1988年
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元妻は往年の名レスラー、ブッチャー・バション(マッドドッグ・バションの実弟)の娘であるルナ・バション[2]。

来歴

ボリス・マレンコのトレーニングを受け、1988年に本名のデビッド・ヒース(David Heath)としてデビュー[3]。地元フロリダのインディー団体を経てカナダ・カルガリーのスタンピード・レスリングに参戦し、トム・ナッシュとの覆面タッグチーム、ザ・ブラックハーツ(The Blackhearts)を結成[4]。ナッシュはアポカリプス(Apocalypse )、ヒース自身はデストラクション(Destruction)を名乗り、黒装束に白い仮面、その下には顔全体が隠された黒覆面という、『オペラ座の怪人』をイメージした怪奇派タッグとしてセンセーショナルな存在となる。

1991年2月にはブラックハーツとして全日本プロレスに初来日[5]。来日前に専門誌で特集が組まれるなど前人気は上々だったが、キャリア不足もあって試合では活躍を果たせなかった。同年9月の再来日ではダグ・ファーナス&ダニー・クロファットのカンナム・エクスプレスが保持するアジアタッグ王座に挑戦。後楽園ホールでスタン・ハンセン&ダニー・スパイビーとも対戦している[6]。

その後ブラックハーツを脱退して素顔になり、1993年にメンフィスのUSWAで吸血鬼ギミックのバンパイア・ウォリアー(The Vampire Warrior)に変身。後に妻となるルナ・バションをマネージャーに従え、ジェフ・ジャレットからUSWA南部ヘビー級王座を奪取した。1994年にはIWAジャパンに来日し、1995年はECWに登場してトミー・ドリーマーと抗争。その後フロリダに戻り、アゴニーことバリー・ヒューストンとブラックハーツを再編、1997年にルナを帯同してIWAジャパンに再来日した(1996年にも、トム・ナッシュとのオリジナル版ブラックハーツを再結成してIWAジャパンに参戦している)[7]。

2007年

1998年8月、吸血鬼ギミックはそのままに、ギャングレル(Gangrel)のリングネームでWWF(現:WWE)に登場。血(を模した液体)の入ったゴブレットを手に炎の中から登場し、その血をリングインの際に口に含んで噴射させる入場パフォーマンスでヒール人気を呼ぶ[1]。同年11月よりエッジ&クリスチャンとゴシック系ユニットのザ・ブルード(The Brood)を結成[8]。後にこの3人はジ・アンダーテイカー率いる「ミニストリー・オブ・ダークネス」の一員となった。エッジ&クリスチャンと別れた後は、彼らと反目していたハーディー・ボーイズを仲間に引き入れニュー・ブルードを組むが短命に終わる[9]。以降は『ヒート』など前座番組のポジションに甘んじ、体重増加の問題もあって2001年8月にWWFを解雇された[1]。

インディー団体を転戦した後、2004年にWWEと再契約を交わす。9月16日のスマックダウンではミニストリー時代の盟友ヴィセラと共にアンダーテイカーとジョン・ブラッドショー・レイフィールドの番外戦に乱入、かつての主君アンダーテイカーを襲撃した[1]。翌週にはヴィセラとのコンビでアンダーテイカーとのハンディキャップ・マッチが組まれるが敗退[10]。以降は出演機会を与えられずにフェードアウトした[1]。

2009年

2005年3月よりWWEの下部組織OVWに登場し、その後WWEにも登場予定だったが7月5日に解雇[1]。2006年、WWE内の第3ブランドとして復活したECWに出演予定で再々契約を交わすも、このときも一度も番組に登場することなく2007年に契約を解除された。その後、同年12月10日に行われたRAW15周年記念大会の15人参加バトルロイヤルに出場している[11]。

以降は居住地のカリフォルニアを拠点に、西海岸や深南部のインディー団体で活動。イギリスのオールスター・プロモーションズなどヨーロッパにも頻繁に遠征した。2009年11月にはハルク・ホーガンがオーストラリアにて開催したイベントであるハルカマニアに参戦[12]。2010年8月13日にはJCWに登場し、PPVの "Legends & Loonies" にてケビン・ソーンと吸血鬼タッグを結成して試合を行った[13]。2014年6月14日、トミー・ドリーマーが主宰するHOH(House Of Hardcore)に参戦。マット・ストライカーと組んでリキシ&Xパックと対戦したが、ストライカーがリキシからバンザイドロップを放たれて敗退した[14]。

追記

  • 妻だったルナ・バションは、もともとはブラックハーツの相方トム・ナッシュと結婚していた[15][16]。バションはナッシュと別れた後、ヒースと1994年に再婚し2児をもうけたが、2006年に離婚している[17]。
  • 近年はアノアイ・ファミリーのリキシとブラック・パールがカリフォルニアにて主宰するKPA(KnokX Pro Academy)のトレーナーを兼任しながらレスラー活動を続けている[18]。
  • 「ガングレル」「ガングリル」「ギャングリル」などの表記揺れが混在する。

得意技

入場曲

  • Brood

脚注

外部リンク

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