トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part1
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| トワイライト・サーガ/ ブレイキング・ドーン Part1 | |
|---|---|
|
The Twilight Saga: Breaking Dawn - Part 1 | |
| 監督 | ビル・コンドン |
| 脚本 | メリッサ・ローゼンバーグ |
| 原作 |
ステファニー・メイヤー 『トワイライトIV』 |
| 製作 |
ウィク・ゴッドフリー カレン・ローゼンフェルト ステファニー・メイヤー |
| 製作総指揮 |
マーティ・ボーウェン グレッグ・ムーラディアン マーク・モーガン ガイ・オゼアリー |
| 出演者 |
クリステン・スチュワート ロバート・パティンソン テイラー・ロートナー |
| 音楽 | カーター・バーウェル |
| 撮影 | ギレルモ・ナヴァロ |
| 編集 | ヴァージニア・カッツ |
| 製作会社 |
テンプル・ヒル・エンターテインメント サミット・エンターテインメント トータル・エンターテインメント Zohar International |
| 配給 |
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| 公開 |
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| 上映時間 | 117分[1] |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $110,000,000[2] |
| 興行収入 |
$712,205,856[2] 3億6000万円[3] |
| 前作 | エクリプス/トワイライト・サーガ |
| 次作 | トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2 |
『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part1』(The Twilight Saga: Breaking Dawn – Part 1)は、ビル・コンドン監督による2011年の恋愛ファンタジー映画である。ステファニー・メイヤーの小説を原作とした『トワイライト・サーガ』シリーズの4作目で、最終章の前編である。クリステン・スチュワート、ロバート・パティンソン、テイラー・ロートナーがこれまでと同じく主要3キャラクターを演じる。
プロデューサーはウィク・ゴッドフリーとカレン・ローゼンフェルトが務めるほか、新たに原作者のステファニー・メイヤーが加わり、脚本はこれまでと同じくメリッサ・ローゼンバーグが執筆する[4]。2011年11月18日に劇場公開され[5]、2012年2月11日にDVDが発売された[6]。
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
|---|---|---|
| ベラ・スワン | クリステン・スチュワート | 木下紗華 |
| エドワード・カレン | ロバート・パティンソン | 櫻井孝宏 |
| ジェイコブ・ブラック | テイラー・ロートナー | 細谷佳正 |
| チャーリー・スワン | ビリー・バーク | 田中正彦 |
| レネ・ドワイアー | サラ・クラーク | 野沢由香里 |
| カーライル・カレン | ピーター・ファシネリ | 井上倫宏 |
| エズミ・カレン | エリザベス・リーサー | 林佳代子 |
| アリス・カレン | アシュリー・グリーン | 中司ゆう花 |
| エメット・カレン | ケラン・ラッツ | 青木強 |
| ロザリー・ヘイル | ニッキー・リード | 樋口あかり |
| ジャスパー・ヘイル | ジャクソン・ラスボーン | 中川慶一 |
| ジェシカ・スタンリー | アナ・ケンドリック | 斉藤梨絵 |
| エリック・ヨーキー | ジャスティン・チョン | 谷山紀章 |
| マイク・ニュートン | マイケル・ウェルチ | 深津智義 |
| アンジェラ・ウェーバー | クリスチャン・セラトス | 小橋知子 |
| ビリー・ブラック | ギル・バーミンガム | 谷昌樹 |
| サム・ウーレイ | チャスク・スペンサー | 小松史法 |
| リア・クリアウォーター | ジュリア・ジョーンズ | 東條加那子 |
| セス・クリアウォーター | ブーブー・スチュワート | 鈴木裕斗 |
| エンプリー | キオワ・ゴードン | 佐藤拓也 |
| エミリー | ティンセル・コーリー | 永吉ユカ |
| ジャレット | ブロンソン・ペルティエ | 佐藤健輔 |
| ターニャ | マイアンナ・バーリング | 中司ゆう花 |
| イリーナ | マギー・グレイス | 小橋知子 |
| ケイト | ケイシー・ラボウ | 東條加那子 |
| アロ | マイケル・シーン | 家中宏 |
| カイウス | ジェイミー・キャンベル・バウアー | 小松史法 |
| マーカス | クリストファー・ハイアーダール | 金尾哲夫 |
| エレアザル | クリスチャン・カマルゴ | 佐藤健輔 |
| カルメン | ミア・マエストロ | 永吉ユカ |
| レネズミ・カレン | マッケンジー・フォイ クリスティ・バーク | |
| 翻訳 | 松崎広幸 | |
| 演出 | 安江誠 | |
| 制作 | グロービジョン | |
製作
企画
『ブレイキング・ドーン』に関する協議はサミット・エンターテインメントがシリーズの2作目と3作目の映画化が完了した後に開始され、2本の映画を6ヶ月間隔で公開する計画を立てた[7]。これまでプロデューサーを務めていたウィク・ゴッドフリーもまた『ブレイキング・ドーン』の映画化の意思を2009年中頃に示していたが[8]、原作者のステファニー・メイヤーは自身のウェブサイトで2本の映画に分割するのが望ましいと述べていた[9]。また彼女はレネズミを映画で表現することが難しいとも述べた[9]。さらに原作のその性質から、ファンや評論家たちはスタジオは今作でもPG-13を維持するのは難しいと見られていた[10]。2010年3月、サミット・エンターテインメントはワーナー・ブラザースの『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』に習い、754ページの原作を2分割する方針であることが報じられた[11]。
2010年3月、サミットはソフィア・コッポラ、ガス・ヴァン・サント、ビル・コンドンのようなアカデミー賞のノミネート経験がある監督を模索していると報じられた[12]。2010年4月28日、サミットはビル・コンドンが『ブレイキング・ドーン』を監督し、ウィク・ゴッドフリーとカレン・ローゼンフェルトとステファニー・メイヤーがプロデュースすることを発表した[13]。コンドンは引き受けた理由に、原作を気に入ったことと[14]スチュワートとのコラボレーションを望んでいたことを上げた[15]。
6月、サミットは原作第4巻を2部構成にした映画を11月に撮影開始することを明かした[16][17]。Part1は2011年11月18日、Part2は2012年11月16日公開を予定した[18]。
ゴッドフリーはベラが吸血鬼化する前後の違いを表現するために2本目の映画を3Dにする提案をした[17]。しかしながらコンドンは『アバター』(2009年)のように適切な機材を用いた「リアル」3Dを好み、『タイタンの戦い』(2010年)のようなポストプロダクションでの3D変換をしないと述べた[19]。
撮影
2010年7月9日、サミットはバトンルージュ、ユキュレット、バンクーバー、スカーミッシュで撮影することを発表した[20]。2本の映画は1つのプロジェクトとして同時に撮影された[17]。映画はPG-13を予定し、小説の陰惨なシーンは削除された[21][22]。
撮影は2010年11月1日にブラジルのリオデジャネイロとパラチで開始された[23]。最初のシーンはリオデジャネイロのラパ地区で1夜で撮影された。 サミット・エンターテインメントはパパラッチやファンに撮影を覗かれないように50ないし500レアルを住民に支払った。また、ノイズを除去し、明確な道を確保するためにバーやレストランのオーナーに1万ないし2万レアルを支払って夜間に閉鎖した[24]。
撮影はパラチに移り、新婚旅行のシーンが撮られた[25]。撮影では毎日のように雨に見舞れた[14]。11月末にルイジアナ州バトンルージュに移った。ほとんどの屋内シーンはサウンドステージと家の中で撮られた[14]。スチュワートは、妊娠の段階で赤ん坊に骨を折られるベラを表現するために青白い痩せたメイクを施した[26]。出産シーンは助産師との議論の後、2晩かけて撮影された[14][27][26]。赤ん坊のシーンの撮影のためにアニマトロニクスが使われた[28]。キャストとスタッフは偽の雪とグリーン・スクリーンの部屋で2ヶ月の撮影を過ごした。伝えられるところによれば、いくつかのシーンでもグリーン・スクリーンを使用してアーセナルパークで撮影された[29]。
2月下旬から3月上旬に映画の屋外の場面の大部分とベラの吸血鬼の場面がカナダで撮影された[14]。カナダでの最初のロケ地はバンクーバーであった。しかしながら2011年3月11日に日本を襲ったマグニチュード9.0の地震に起因する津波のため、キャストとスタッフはセットから避難した[30]。映画の広報担当者のトニ・アッタベリーは、安全対策として「スタッフは高い場所に移動し」、「撮影は数時間遅れたが、一日の仕事が達成された」と述べた[31]。
『Part1』の結婚式のシーンがキャストとスタッフが撮った最後のシーンであった[27]。
音楽
2011年1月14日、シリーズ1作目『トワイライト〜初恋〜』の音楽を作曲したカーター・バーウェルが再登板することが明かされた[32]。『Part1』の音楽は2011年9月にロンドンのアビー・ロード・スタジオで収録された。この際、『ニュームーン』の作曲家のアレクサンドル・デスプラ、『エクリプス』のハワード・ショアは偶然ロンドンに居合わせたため、2人はバーウェルの元を訪れた[33]。