コミュニケーション能力
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概要
コミュニケーションは幅広い領域で研究が行われており,その定義は多岐にわたっている[4]。また「コミュニケーション能力」は抽象的な概念であり、その定義は言語コミュニケーション能力を限定的に示す場合から、非言語コミュニケーション能力や対人関係構築能力を含む場合まで幅広い[5]。 以下に定義のうちのいくつかを列挙する。
- (言語学)言語による意思疎通能力 →#言語学用語の「Communicative competence」
- (主に心理学)社会的スキル、あるいは、社会的スキルのうちの一要素[2]
- 対人関係に関わる能力で、重要であると言われているもの[6]
柳瀬(2004)は、英語文献でのコミュニケーション能力論においては competence, ability, capacity, capability, proficiency, (language) faculty といった用語がある程度使い分けられているのに対し、日本語文献では一括して「能力」と訳されることが多く、用語や概念の差異が無視されていると指摘している[7]。
藤本・大坊(2007)は、コミニュケーション能力における既存の定義は研究領域や研究者の視点が異なるだけでいずれも誤りとはいえないとした上で、多様な定義を取捨選択するのではなく、既存の定義およびそれを基に開発された尺度を包括する定義としてENDCOREモデルを提案した[8](→#ENDCOREモデル)。
心理学におけるコミュニケーション能力と社会的スキルとの関連については、交換可能な概念[9]、社会的スキルの下位に包含される概念[10]という意見の違いがあるものの、両者は重複した概念であると考えられている[2]。
「コミュニケーション能力」という言葉の使われ方の変遷
平井(2009)が新聞各紙の社説におけるコミュニケーション能力に関する言及について分析を行ったところ、「コミュニケーション能力」という言葉は、1980年代はもっぱら英語教育の文脈で使われていた[11][3]。英語教育における「コミュニケーション能力」は、社会言語学のデル・ハイムズが1972年に提示した「communicative competence」という概念で[12][13]、日本ではハイムズらの研究成果を取り入れ、1989年の学習指導要領では「コミュニケーションを図る資質・能力」の育成が方針として挙がった[13](#言語学用語の「Communicative competence」を参照)。
2000年代に入ると、「コミュニケーション能力」という言葉の言及される範囲が青少年問題や政治、就労なども含めた幅広い文脈に拡大した[11][3]。日本経済団体連合会(経団連)の調査によると企業が新卒者の採用選考にあたって最も重視した要素として「コミュニケーション能力」が連続で1位[11][3][注 1]であるなど、学生が身につけるべき汎用的能力として使用されるようになった[15][3]。
重要な能力であるという認識が広がる一方で、「コミュニケーション能力」には学術的に明確な定義がない、という指摘がある[16][17][18][注 2]。
言語学用語の「Communicative competence」
言語学の分野での「コミュニケーション能力 (communicative competence)」 という用語は、社会言語学のデル・ハイムズが1972年に初めて提示した[12]。ハイムズは、ノーム・チョムスキーが提示した言語能力 (linguistic competence) と言語運用 (linguistic performance) の定義だけでは第二言語教育に不十分である指摘し[19]、新たに「文法的能力だけでなく、ある特定の文脈においてメッセージの伝達や解釈、意味の交渉ができる能力」をコミュニケーション能力と定義づけた。音声、語彙、文法などの言語知識に加え、社会の中で言葉がどのように使われるかを知る必要がある、という考えは世界の言語教育に多大な影響を与えた[13]。
マイケル・カネールとメリル・スウェインは、ハイムズの理論を統合し[20]、コミュニケーション能力の要素として以下の4つを挙げた[21][22][13]。
- 文法的能力 (Grammatical competence)
- 音声、語彙、構文、文法などの言語知識。
- 談話能力 (Discourse competence)
- ひとまとまりの「談話」(discourse) を、どう一貫性と結束性を持って書いたり話したりするか、という能力。
- 社会言語的能力 (Sociolinguistic competence)
- 社会文化的な規範に基づき、目的や相手、場面や状況などに応じて言語を使い分ける能力。
- 方略的能力 (Strategic competence)
- 聞き取れなかった際にどう対応するか、言いたいことが言えない時や単語を思いつかない時にどうするかなど、実際のコミュニケーションで遭遇する数々の問題への対応能力。
日本の英語教育では、1978年改訂の学習指導要領においてハイムズらの研究が意識され、従来の逐語訳的教授法を改めて「事柄の概要や要点をとらえながら英語を聞き、話し、読み、書く(以下略)」が目標に記された[23]。また、1989年改訂の学習指導要領においてはカネールとスウェインの研究結果を参照した[13]。この学習指導要領では外国語の目標に初めて「コミュニケーション」という言葉が登場し、1978年の改訂における「外国語を理解し、外国語で表現する能力を養う」という目標をより具体性を持たせながら強調した[24]。
ENDCOREモデル

包括的な能力としてのコミュニケーション能力を構成するコンピテンス(個々の能力)は、各地域の文化で共通する因子と、文化特有の因子がある[25]。これらの因子のうち、文化共通の因子(対人関係能力)をソーシャル・スキル、文化特有の因子への適応(社会適応力)をその文化に必要なストラテジーとして区分し、コミュニケーション能力を階層構造としてとらえた「スキルの扇」提示した[25]。スキルの扇で示されている表現力と自己主張に共通する“ENCODE”、解読力と他者受容に共通する“DECODE”、自己統制の“CONTROL”、関係調整の“REGULATION”の頭文字を取り、ENDCOREモデルと名付けた[26]。
ENDCOREモデルは3系統(管理系、反応系、表出系)、2階層(基本スキルと対人スキル)から成り、これに基づく尺度ENDCOREsは独立した6つのスキル(自己統制、表現力、解読力、自己主張、他者受容、関係調整)および24のサブスキルとして提示されている[27][28][5]。
就職活動におけるコミュニケーション能力
厚生労働省は、企業が採用にあたり重視する能力を「就職基礎能力」として定義し、そのうちの「意思疎通」「協調性」「自己表現力」の3要素をコミュニケーション能力として定義している[29][30]。
日本経済団体連合会(経団連)の調査によると、企業が新卒採用時に重視する要素として「コミュニケーション能力」を挙げた比率が最も高く[31]、労働政策研究・研修機構の調査においても、企業が採用にあたり今後重視することとして「コミュニケーション能力の高いこと」を挙げる割合が最も高かった[32][31]。芳賀、宮原、田崎、申(2015)は、上記調査では企業がなぜコミュニケーション能力を重要だと考えているのか、また具体的にはどのような能力を求めているのかといった問題については答えられていないとし[33]、半構造化面接法[注 4]を用いて、企業のトップエグゼクティブ層(大手企業社長、役員、人事担当責任者)を対象に、実際にビジネスの場面で求められ評価されるコミュニケーション能力の内容を調査した[35]。その結果、以下に示す7つのテーマが見出された[36][5]。
- コミュニケーションの双方向性(発信力と受信力のバランス)
- 発信力(発信の仕方・話の展開への積極的関与)
- アクティブ・リスニング(積極的に相手の話を理解しようという姿勢)
- コミュニケーションの基盤(倫理観/礼節・開示力・能動性)
- 率直性(遺恨を残さず率直に話すことができる)
- 曖昧さの回避(物事を曖昧にせず、結論を明確にする)
- 報告の重要性(タイミング、順番、中身の信憑性などに配慮し、データに基づき論理的に報告をする)
批評
貴戸(2011)は、コミュニケーション能力を「測定不能でどうやって身につけるか分からない曖昧な『能力』」「英語力のようにTOEICのスコアで測れるものではありません。私はあの人と比べて『能力』が高いのか低いのか、どうすれば『能力』を高めることができるのかが、そこでは不透明です。」[37]と指摘している[38]。
小山(2015)は、近年のコミュニケーション教育の問題として以下の3点を挙げ「コミュニケーション能力(いわゆる『コミュ力』)」の不透明さとスキル向上への過度な期待を指摘している[39][40]。
- 「コミュニケーション能力」の様々な定義やその差異が学生(受講者)に対して必ずしも体系的に明示されていない(なお、アメリカ合衆国の大学でも同様の傾向が見られた)。
- 受講者や社会からの「コミュ力」教育への過度の期待が(非体系的つまりその場しのぎ的)に反映されている。
- 「コミュ力」型教育が必ずしも期待されるような結果に結びついていない。
脇(2018)は、コミュニケーション能力をめぐる「中身のなさ」や「説明不足」は、当該能力が内実の無いまま言説化(プラスチック・ワード[注 5])していることに起因するとしている[43]。