ルワンダでルイス・リーキーと会い、トゥルカナ湖畔でダイアン・フォッシーとゴリラたちと3ヶ月間生活した後に、ハンフリーは人間の認知能力の進化に関心を持った。1975年に『知性の社会的機能』と題した認知スキルの進化に関するエッセイを書いた。このエッセイは何度も増刷され、後の著書『Consciousness Regained』の基盤となった。その後、イギリスのチャンネル4で『内なる目』と題されたテレビシリーズのためにケンブリッジ大学の研究員の職を辞した。このシリーズは1986年に終了し、同名の本が出版された。
1987年にダニエル・デネットはタフツ大学の認知研究センターでともに働くよう誘った。彼らは意識に関する理論の、経験的な基盤を作るためにともに研究した。また解離性同一性障害の研究を行った。ハンフリーの一連の著作、『心の歴史』(1992年)では意識が「考える」ことよりもむしろ「感じる」ために進化したことについて理論を提示し、イギリス心理学会から1993年のブックオブザイヤー賞を受賞した。その後に出版された『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 、『赤を見る』もベストセラーとなった。
ハンフリーは1970年代に活発に反核運動に参加した。1981年にBBCで軍拡競争の危険性を説く『深夜の4分間』と題された講義を行った。1984年にはロバート・リフトンとともに戦争と平和に関するアンソロジーを編集し、マーティン・ルーサー・キング賞を受賞した。
1992年にダーウィンカレッジのシニアフェローに任命され、超心理学の研究を行った。彼は超能力やサイコキネシスのような現象の懐疑的な研究を行い、この研究は1995年に『魂を見つける:人間の本性と超自然的信念』と題された本として発表された。その後、『内なる目』シリーズから離れていくつかのテレビとラジオドキュメンタリに取り組んだ。彼が扱う話題は超常的な現象への信念から中世の動物裁判まで幅広い。また偽薬効果に関して、脳が体の状態をトップダウン式に管理しているという「健康管理システム」の概念を提唱している。