ロイス=ケストリッツ侯ハインリヒ43世と、ロイス=エーベルスドルフ伯ハインリヒ24世の次女ルイーゼ(1759年 - 1840年)の間の跡取り息子として生まれた。最初、オーストリア軍に騎兵大尉として仕官した。1807年にロイス家一門が加盟したライン連邦軍のうち、ロイス=ケストリッツ家に割り当てられた450名で構成される部隊の隊長となって、ナポレオンに仕えた。ハインリヒ61世はスペイン、オーストリア、オランダ、ロシアを転戦し、過酷な戦場に身を置いた。ナポレオン皇帝は彼に陸軍少将の階級を授け、「ロイス歩兵旅団(Infanteriebrigade Reuß)」旅団長の肩書も与えた。
ロシア遠征失敗後の退却の途中、ロシア軍・プロイセン軍が合流してフランス帝国軍を襲ったクルムの戦い(英語版)において戦死した。28歳だった。一貫してハプスブルク帝国への忠誠を保っていた弟ハインリヒ64世が父の跡継ぎとなった。