ハウンズロー・タウン駅は、1883年 5月1日 に、当時のメトロポリタン・ディストリクト鉄道 (Metropolitan District Railway , MDR)(現在のディストリクト線 の前身)のアクトン・タウン駅 からの新たな延伸線の終点 として開業した。この駅は、路線をさらに南方に延伸し、ハウンズロー駅 (Hounslow station )付近でロンドン・アンド・サウス・ウェスタン鉄道 (London and South Western Railway , L&SWR) に接続させるという意図から設けられていた。このため、駅の南側にあるハウンズロー・ハイ・ストリート(ハウンズローの中心市街地)を高架で越えられるように、駅のプラットホームは道路よりも高い位置に設けられていた。しかし、MDR経由のロンドン中心部へのルートが、自社のウォータールー駅行きの路線と競合することになると判断したL&SWRの反対によって、MDRの接続は、結局実現することはなかった。
1884年 、ハウンズロー・タウン駅より少し北の位置から分岐し、ハウンズロー・バラック駅(現在のハウンズロー・ウェスト駅 )に至る支線が建設された。この支線は単線で、当初は、ハウンズロー・バラック駅からオスタレー・アンド・スプリング・グローブ駅(Osterley & Spring Grove )(現在のオスタレー駅 )まで途中に駅は存在していなかった。
ハウンズロー・タウン駅以南の延伸に失敗したMDRは、新たに建設したバラック支線の方に関心を移し、1886年 3月31日 に開業から3年も経っていなかったハウンズロー・タウン駅を閉鎖した。翌日4月1日 には、代替駅として新たにヘストン・アンド・ハウンズロー駅 (Heston & Hounslow)(現在のハウンズロー・セントラル駅 )がバラック支線に開業した。
1903年 に、ハウンズロー・タウン駅が再開され、列車はオスタレー駅で分岐して、一部がハウンズロー・セントラルを経由してハウンズロー・ウェストに向かい、他の便はハウンズロー・タウンまでの短距離のシャトルとして運行されるようになった。MDRの路線の電化は1903年 から1905年 にかけて行なわれ、1905年 6月13日 には、ハウンズロー支線でも汽車 から電車 への移行が行なわれた。この電化の際に、オスタレー駅からハウンズロー・セントラル駅へ直接向かう路線は閉鎖され、ハウンズロー・タウン駅からハウンズロー・セントラル駅へ直接向かう新線が設けられた。オスタレー駅からハウンズロー・タウン駅まで来た電車は、ここで進行方向転換(日本語でいう「スイッチバック 」)をして、ハウンズロー・セントラル駅やハウンズロー・ウェスト駅へと向かった。
この運行方法はうまく行かず、短期間で打ち切られた。1909年 5月2日 に、オスタレー駅からハウンズロー・セントラル駅へ直接向かう路線が再開され、ハウンズロー・タウン駅とそこに繋がっていた2本の接続線は廃止された。これに代わって新たなハウンズロー・タウン駅(現在のハウンズロー・イースト駅 )が、オスタレー駅とハウンズロー・セントラル駅の間、旧駅から300メートルほど西に設置され、旧駅と、そこに繋がっていた線路は,完全に廃止された。
現在では、旧ハウンズロー・タウン駅の施設は何も残されておらず、跡地はロンドン・ユナイテッド・バスウェイが管理するハウンズロー・バス・ステーションとなっている。わずかにバス・ステーションの前に設置された説明板が、ハウンズロー・タウン駅の簡単な歴史を記しているのみである。2007年には、車庫自体も大幅に改装される予定となっている。
ハウンズロー周辺の鉄道路線、鉄道駅の運行時期を示した地図