ハリントンジャケット

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ハリントンジャケット: Harrington jacket)は、ゴルフの雨や寒さ対策用ジャケットのデザイン呼称であり、場合によっては短丈ゴルフジャケットの総称でもある。初期では「ザ・ゴルファー」や単なる「ゴルフジャケット」「ゴルフジャック」と呼んでいた。後年の1960年代に大ヒットしたテレビドラマの作中で脇役のハリントンが着用したことで「ハリントンジャケット」という名前が定着したとされている。

一般的なハリントンジャケット

実際にデザイン自体はそれより前から存在しており、第一次世界大戦後にアメリカで起きたゴルフブームとその大衆化もこのタイプのデザインの拡大の一因である。特に1930~40年あたりから開発が盛んになった。英国ではグレンフェル(GRENFELL)とバラクータ(Baracuta)が代名詞として知られる。また米国マックレガー(McGREGOR)の襟付きモデルであるドリズラーも同じ用途で開発されており、このカテゴリーにおいてこの三つのブランドは歴史的な意味も含めて重要なブランドである。1950年代以降はその着回しの良さもあってゴルフ以外にもカレッジウェアとしてイエール大学生協(YALE CO-OP)で発売されるなど街着として拡大した。

デザイン基礎になっているのはA-1A-2ジャケットに近い。軽量で丈の長さはスウィングの邪魔にならないようにウエスト丈までが多いがロング丈もしばしば用意されている。前面はジッパーで開閉される。素材は綿レーヨンポリエステルナイロンウール牛革スエードで作られている。特に高密度で織られたコットンやギャバジンツイル、コットンレーヨン・コットンナイロンなどレインウェアから転用された素材が多く使用される。そのため糸や表面に撥水加工がされてある場合も多い。肩部から背面ヨーク部は独立して二重になっている場合が多く、肩から雨水が自然に下に落ち直接濡れにくい構造になっている。袖はボタンカフ、裾もしくは腰部はベルトとボタンで調整するスタイルが基本だがニットリブになっているものも多く存在する。裏生地はレーヨン・ウール・フランネルなどのタータンチェックまたは独自のチェック柄を使用しているものが多いが、これはバーバリー(Burberry)の1955年グレート・ユニバーサル・ストアーズ(Great Universal Stores/GUS)による買収以降の裏地タータンを全面に出したマーケティングの成功が大きく、その後の1950年代後半から各ブランドで多用されたスタイルである。そのため多くのチェック柄ストーリーはこの年代を起点として創作している場合も多い。 日本ではスウィングトップと呼ばれるが和製英語であるので注意が必要である。

来歴

フランスブランドのハリントンジャケット

初期のゴルフスタイルは主にツイード製のジャケットニッカポッカが当時のアウトドアスタイルであった。 1932年4月にヘイソーンスウェイト(Haythornthwaite & Sons)によって織られた特別な高密度防水生地グレンフェルクロスで作られた軽量のゴルフジャケットをプリンス・オブ・ウェールズ(後のエドワード8世)に贈呈したものが最初期の記録である。その後パッチポケットをフラップポケットにウエストにスライダー付きのストラップを追加変更など仕様変更がされていった。また米国においてはマクレガーは1934年よりスエードのジップアップ式ジャケットをスポーツ用途として販売している。1937年にバーバリー(BURBERRY)から、その他ダンロップ(DUNLOP)などの英国ブランドからも次々と販売されていた。

襟にボタンを備えたドッグイヤーカラー型(いわゆるハリントンジャケットタイプの襟)の販売については、グレンフェルおよびバラクータの双方において、1953年時点での販売が確認可能である。

先に人気が出たのは1944年に発売されたマックレガーのドリズラーでありゴルフジャケットとしても普段着としても一般化した。発売当初の名称はスコティッシュドリズラー(SCOTTISH DRIZZLER)の名前で販売しており彼らがマーケティング的にスコットランドを意識していたのがわかる。1950年代には一般名称化してしまった「ドリズラー」へマックレガー側から変更することになる。

その後バラクータのゴルフジャケット(のちのG-9)もアメリカに輸入され、エルヴィス・プレスリーが映画『闇に響く声英語版』(1958年)で着用。

バラクータのG-9のことを特に「ハリントン」ジャケットの呼称で呼ぶのは1964年から1969年までABCで放送された連続ドラマ『ペイトンプレイス物語』でライアン・オニールが演じた登場人物「ロドニー・ハリントン(: Rodney Harrington)」に由来する。その名称の発信源は英国の伝説的な服飾店であるアイビーショップ(THE IVY SHOP)のジョンサイモンズ(John Simons)が作中で着用しているのを発見し「ロドニーハーリントン」というPOPとともに店頭のショーケースにバラクータを飾ったことが始まりとされている。そのため実は当時も含めてアメリカではそれほど一般的な名称ではない。アイビーショップは日本においてはビームス(BEAMS)をはじめ各セレクトショップがマーケティングの指標の店としていたため「ハリントン」ジャケットの名前として広まった。その他では1968年の華麗なる賭けにおいてスティーブ・マックイーンも使用している。彼の愛用していたサンフランシスコの名店ケーブルカー・クロージャーズ(Cable Car Clothiers)は米国でもバラクータの有数の販売実績を持つショップとして有名であった。

一方のマックレガーのドリズラーはポール・ニューマン1962年渇いた太陽で着用している他、栄光への脱出撮影時や妻であるジョアン・ウッドワード(Joanne Woodward)とのオフショットでも愛用しているのが確認されている。

ハリントンジャケットは1960年代のイギリスでモッズとスキンヘッドたちの間で人気となった。

1970年代末から1980年代初期にかけてのモッズリバイバルブームの波に乗りハリントンジャケットが再び流行した。

1985年にフランス人のロジェ・レヴィ(Roger Lévy)が英国文化に影響を受けてハリントンというブランド名を商標登録したためハリントンという商標は現在使えない。

外部リンク

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