ハートフォード・ダークブルース
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1874年に後のナショナルリーグ初代理事長となったモーガン・バークリーが所有していたチームである。当初ナショナル・アソシエーションに参加していたが、翌年を最後にリーグが消滅し、1876年からは所有者だったバークリーが設立メンバーとなったナショナルリーグに移った。
1876年にトミー・ボンド、キャンディ・カミングスの先発二人が合わせて完投69、ともに防御率1点台の活躍をしチームはリーグ2位の成績を収める。しかし本拠地の立地条件が悪かったためか、集客力に乏しかったチームは翌1877年ハートフォードを離れてブルックリンに移り、「ブルックリン・ハートフォーズ」となった。それまでの主力だったボンドやカミングスはチームを去り、ジョン・キャシディがチームを引っ張る形になっていた。同年チームは5割近い勝率を上げたが、この年のシーズンオフに解散となった。
戦績
| 年度 | リーグ | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 勝率 | 順位 | 監督 | 本拠地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1874年 | NA | 53 | 16 | 37 | .302 | 7位 | リップ・パイク | Hartford Ball Club Grounds |
| 1875年 | 86 | 54 | 28 | .659 | 3位 | ボブ・ファーガソン | ||
| 1876年 | NL | 69 | 47 | 21 | .691 | 2位 | ボブ・ファーガソン | |
| 1877年 | 60 | 31 | 27 | .534 | 3位 | ボブ・ファーガソン | Union Grounds (Brooklyn) |
所属した主な選手
- エバレット・ミルズ:1874,1875年で133試合に出場、通算打率.284
- トム・ヨーク:ナショナルリーグ在籍期間で二塁打28、三塁打14、76打点
- キャンディ・カミングス:在籍時通算で51勝、12完封。アメリカ野球殿堂入り選手。
- トミー・ボンド:通算50勝、12完封。1876年に31勝を挙げた。
