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バグルス

イギリスのバンド From Wikipedia, the free encyclopedia

バグルス(The Buggles)は、イングランド出身の音楽ユニット。楽曲「ラジオ・スターの悲劇」のヒットで知られる、ニュー・ウェイヴ期の代表的グループ。

ジャンル
レーベル
概要 バグルス, 基本情報 ...
バグルス

1980年 デュオ体制時代(左ジェフ・ダウンズ、右奥トレヴァー・ホーン)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド・ロンドン
ジャンル
活動期間
レーベル
メンバー トレヴァー・ホーン
旧メンバー
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概要

トリオ時代(1970年代 - 1979年)

1970年代にトレヴァー・ホーン(ベース)、ジェフ(ジェフリー)・ダウンズ(キーボード)、ブルース・ウーリー(英語版)(ギター)の3人は、イギリスのシンガー、ティナ・チャールズ(英語版)のバック・バンドとしてキャリアをスタートさせている。

1977年、ホーン、ダウンズ、ウーリーによりバグルスを結成。トレヴァー・ホーンは当初よりプロデューサー志向であり、3人で多くのCM関係の音楽を制作している。後にハリウッドで映画音楽作曲家として活躍するハンス・ジマーも裏方として参加しており、ホーンとジマーは後に映画『トイズ』で共作もしている。

以降、ウーリーは自身のグループ、ザ・カメラ・クラブ(Bruce Woolley & The Camera Club)に注力するため離脱。残ったホーン、ダウンズの二人はその後、メジャーレーベル アイランド・レコードとの契約にこぎ着けた。

デュオ体制期(1979年 - 1982年)

1979年に、デビュー曲の「ラジオ・スターの悲劇(Video Killed The Radio Star)」が全英1位の大ヒットを記録。初出はザ・カメラ・クラブのアルバム収録曲であったが(共作者のウーリーも権利を有するため)、バグルスのバージョンは秀逸に計算した音作りに仕上げ、ニュー・ウェイヴの時代を象徴する一曲となった。

ファースト・アルバム『ラジオ・スターの悲劇』(The Age of Plastic)発表後の1980年、ホーンとダウンズの2人はそろってイエスに加入する(バグルスはイエスと同じくブライアン・レーンのマネージメント・オフィスに所属していた関係があった)。ホーンがボーカル、ダウンズがキーボードを担当したイエスはアルバム『ドラマ』を発表し、欧米のツアーを行なった。しかし、従来のイエス・ファンからはボーカリストの交代が不評をもって迎えられ(ステージに登場したホーンに対してのかなりの罵声があったと言われている)、ツアー終了後にホーンが脱退し、イエスは解散状態になった[5]。

1981年、2人は再びバグルスとしてセカンド・アルバム『モダン・レコーディングの冒険』を発表するが、まもなく活動を停止した。モダン・レコーディングの冒険を編集している頃は、ダウンズは既に制作から去ってエイジアの結成に参加しており、ホーン一人での作業だった。このため、当時、実質的にバグルスはホーンの個人バンドであったと認識されるに至っている。

その後、ホーンは売れっ子プロデューサーとして一時代を築き(後の再結成イエスのプロデュースも担当し「ロンリー・ハート」などのヒット曲を制作)、ZTTレコーズの設立にも名を連ねた。一方、ダウンズはエイジアの中心人物として活動を継続している[6]。

その後

楽曲「ラジオ・スターの悲劇」は、1981年8月1日にアメリカで開局したMTVが、記念すべき一曲目のミュージック・ビデオに採用。そのほか多くのアーティストによってカバーされた。2000年6月、ブロード・バンド(The Broad Band)によるパロディー音楽「ビデオ・スターの悲劇(Internet Killed The Video Star)」としてカバーされ、Shockwave.com(英語版)でFlashアニメーションとして配信された。

2004年11月11日、ホーン、ダウンズ、ウーリーはウェンブリー・アリーナで行われたチャールズ皇太子信託基金(プリンス・トラスト)(英語版)のチャリティーコンサートに再びバグルスとして参加し、「ラジオ・スターの悲劇」他を演奏した。

2010年にホーンはバグルスの再結成を宣言し、9月28日、ロンドン郊外にあるThe Supperclub Londonにて、31年目にして初のフルライブ「The Lost Gig」が行われた(ダウンズ、ウーリーも参加)。この頃、3枚目のアルバム制作についても示唆されている。

2011年、イエスのアルバム『フライ・フロム・ヒア』に、ダウンズがメンバーとして参加し、ホーンがプロデュースを担当した。表題曲は2人がイエスに参加していた頃に作られた楽曲をベースに再構成されている。原曲のバグルス・ヴァージョンは2010年に発売された『モダン・レコーディングの冒険』再発CDにボーナストラックとして収録されている[7]。そして前年に続き、一夜限りの再結成ライブを10月25日に開催した。

その後はホーンがソロで名義を受け継ぎ、2023年にはシール (歌手)のツアーでバックバンドが協力してサポートアクトを務めた。

歴代メンバー

(インディーズ時代、再結成のみ)

  • ブルース・ウーリー(英語版)(Bruce Woolley) - ギター(1977年–1979年、2004年、2010年、2011年)

ディスコグラフィ

アルバム

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発表年 タイトル(邦題) タイトル(原題) 最高順位(UK)
1980年 ラジオ・スターの悲劇
(かつての邦題は『プラスティックの中の未来』)
The Age of Plastic 27
1981年 モダン・レコーディングの冒険  Adventures In Modern Recording -
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シングル

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年 曲目 音楽チャート最高位 アルバム
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ド
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ウ
ェ
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デ
ン
ア
メ
リ
カ
南
ア
フ
リ
カ
1979 "Video Killed the Radio Star" 1 1 1 1 2 1 1 16 2 1 40 6 ラジオ・スターの悲劇
1980 "Living in the Plastic Age" 16 — — 5 29 — — 29 — — — —
"Clean Clean" 38 — — — 60 — — — — — — —
"Elstree" 55 — — — — — — — — — — —
1981 "I Am a Camera" — — — — — — — 46 — — — — モダン・レコーディングの冒険
"Adventures in Modern Recording (song)" — — — — — — 27 — — — — —
1982 "On TV" — — — — — — — — — — — —
"Lenny" — — — — — — — 17 — — — —
"Beatnik" — — — — — — — — — — — —
"—" チャート圏外
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脚注

外部リンク

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