バシリウス・ベスラー
ドイツの植物学者
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生涯
ニュルンベルクで生まれた。ニュルンベルクで薬局、„Zum Marienbild“を経営し、自らも庭園と博物学コレクションを作った。1597年にアイヒシュテットの司教、ヨハン・コンラートはヴィリバルツブルクに、1haほどの広さで、8つのテラスが作られた庭園を造った。ウィーンの屋敷に、庭園を作った植物学者のヨアヒム・カメラリウス(Joachim Camerarius)、ルートヴィヒ・ユンガーマン(Ludwig Jungermann)やカロルス・クルシウス(Carolus Clusius)らが協力した。このアイヒシュテット庭園はすぐに有名になった。
『アイヒシュテット庭園植物誌』はベスラーによって出版された。850ページの本で1084の植物が記述され、ベスラーの描いた367点の版画がつけられた最も初期の銅版よる大型本の一つである。1640年と1713年の2度出版された。1668年には日本にも輸入されている[1]。
シャルル・プリュミエによってイワタバコ科の植物、Besleriaに献名されている。
