バヤルド (競走馬)
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2歳から4歳にかけて常に一戦級で活躍した。2歳時に重賞のニューステークス(アスコット競馬場)でデビューし1馬身2分の1差で勝利。その後デューハースト・プレートまで7連勝しシーズンを終えた。
しかし、3歳になって仕上がりが遅れ一度も出走することなく2000ギニーを迎えたが、下痢気味の体調の中、ミノルの4着と敗れた。エプソムダービーでは直前を走っていたサーマーティンの落馬に巻き込まれ10着に敗れている。
その後、3歳の夏から4歳に掛けて再び連勝を積み重ねる。2連勝で臨んだエクリプスステークスで古馬の一線級を相手に快勝。二冠馬ミノルが三冠を狙って出走してきたセントレジャーステークスでも優勝しミノルは4着と敗れた。その後ドンカスターステークス、チャンピオンステークスなど11連勝し4歳のシーズンを終えた。
5歳になり2連勝の後アスコットゴールドカップで優勝した。その後1勝を追加して15連勝まで伸ばしグッドウッドカップに向かったが、36ポンド軽い3歳馬マジックにクビ差で敗れそのまま引退した。
性格は気難しく、人が何かをしようとすると先を読んでそれを妨害したりもした。桶を叩いて厩務員に飼い葉をねだるのが癖。これは「バヤルドのドラム」と呼ばれた。なおバヤルドが逃したダービーは翌年に弟レンバーグが優勝している。
種牡馬成績
引退後はマントン牧場で種牡馬として供用されたが、11歳の時早世。下半身の麻痺が原因での安楽死による。しかし死亡した1917年にゲイクルセイダーが、さらに翌年ゲインズバラがイギリスクラシック三冠馬となった。1917、1918年にはイギリスリーディングサイアーを獲得している。
年度別競走成績
- 1908年(7戦7勝)
- 1909年(13戦11勝)
- 1910年(5戦4勝)
- アスコットゴールドカップ、2着 - グッドウッドカップ