バルタザール・フープマイヤー
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出生
カトリック
人生の転機
アナバプティスト
フープマイヤーは、ツヴィングリとその生徒達と聖書の解釈について、熱く語り合った。特に、幼児洗礼は聖書になく、歴史上人間の都合で行われていた儀式であることや、大人の洗礼(現在の「洗礼」)を行う必要性など合意していた。しかし、当時、幼児洗礼によって子供の出生登録、市民登録などをシステム化していた国だったので、ツヴィングリやルターなど政治との絡みが強いプロテスタントは身を翻し、(もともとローマ帝国のカソリックの聖書離れより宗教改革をはじめたのに)ローマ帝国に従い、聖書に書かれていることを無視し、幼児洗礼の正当化をするようになる。その時から、フープマイヤーなど幼児洗礼が聖書に基づかないことを訴えるプロテスタントを「アナバプティスト」と呼ぶようになる。アナ(もう一回)バプティスト(洗礼)は、2回目の洗礼をすることから、そのように呼ばれるようになった。大人として信徒になってから洗礼を受けるように訴える点が同じなだけで、色々な見解を持つプロテスタントが「アナバプティスト」という名のもと一絡げに纏められていた。アナバプティストはプロテスタントと認められず、カトリックとプロテスタント両方から迫害を受け、アナバプティストになると当時は、火炙りか、川に石を付けて沈められて処刑された。プロテスタントやカソリックはこの刑を「3度目の洗礼」と呼び、火又は水で清める刑とした。
フープマイヤーの最期
フープマイヤーは政治ではなく聖書をとり、最後まで聖書の教えを訴えた。1528年3月10日に、火炙りで処刑された。3日後、妻のエリザベート(Elisabeth)が首に石を巻き付けられ、川に放り込まれ処刑された。
フープマイヤーの神学
フープマイヤーの影響
フープマイヤーの命を懸けた伝道、説教、著作のおかげで、現在宗教の自由があり、聖書通りに解釈することが自由となった。彼の偉業により洗礼についての神学が切り開かれ、特にバプティストにとっては、フープマイヤーはヒーローである。
