ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス
ラテン語の著作家
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生涯
作品
ヒュギーヌスは多作家であった。ジャンルも地形学から伝記、詩人ヘルウィウス・キンナやウェルギリウスの詩についての注釈、農業・養蜂に関する論文と多岐にわたって著作活動を行なったが、それらの原本はすべて失われている。
ヒュギーヌスの名前で現存するのは『神話集』と『天文詩』[注釈 1]の二つで、これらは、おそらくヒュギーヌスの神話論を略記した学生の覚え書きであると思われる。ただし、作者のヒュギーヌスとガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスは別人だという説もある[3]。
- 神話集(Fabulae)
- 300程の神話と天界の系譜についてのエピソードが短く、そっけなく、そして粗雑に語られている。当時の編者たちはこの作品の価値を、ギリシア悲劇作家の失われた作品についての「無教養な若さ、半端な知識、愚かさ」(ラテン語: adulescentem imperitum, semidoctum, stultum[4])と評した。両アントニヌス時代(138年 - 180年)[注釈 2]の教育を受けたローマ人なら誰でもギリシア神話を知るべきと期待されていたため、ヒュギーヌス[5]はぞんざいな形式で、最低限のことだけを書いたのかもしれない。ギリシア神話には内容が部分的に異なるバージョンが多く存在していたとされるが、それらの多くが失われている現在、『神話集』は貴重な文献である。
しかし、『神話集』の大半も失われている。900年頃にベネヴェント書体で書かれた写本が1冊だけバイエルン州フライジングの修道院に残っており[6][7]、1535年にはその写本を基にして最初の印刷版が作られるが、Jacob Micyllus[注釈 3]は不注意かつ無批判的に書き写した。ちなみに、"Fabulae" という題名をつけたのもMicyllusである。15世紀と16世紀、印刷の過程で写本は印刷所でばらばらにされ、生き残ったのはたった2つの断片のみであった。1つは1864年にレーゲンスブルクで、もう1つは1942年にミュンヘンで発見された[8]。両方ともミュンヘンで保存されている[9]。なお、バチカン図書館には15世紀に写された不完全なテキストがある。

- 天文詩(Poeticon astronomicon)
- 最初に出版されたのは1482年のヴェネツィアで、出版者はエアハルト・ラートドルト、題名は"Clarissimi uiri Hyginii Poeticon astronomicon opus utilissimum"だった。星座の星々を一覧にしたものであるが、語られる主な事柄は星座にまつわる神話である。エラトステネス作とされる『カタステリスモイ』などを基にしている。
両方の作品とも要約である。文体(スタイル)、ラテン語の能力のレベル、初歩的な間違い(とくにギリシャ語の翻訳)はヒュギヌスのような著名な学者の作品とは思えず、別人説の根拠となっている。
日本語訳
- ヒュギーヌス 著、松田治・青山照男 訳『ギリシャ神話集』講談社〈講談社学術文庫〉、2005年2月。ISBN 978-4061596955。
- ヒュギヌス 著、五之治昌比呂 訳『神話伝説集』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2021年1月。ISBN 978-4814002825。