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ヒルプリンス

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欧字表記 Hill Prince
性別 牡
ヒルプリンス
欧字表記 Hill Prince
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 1947年
死没 1970年
父 Princequillo
母 Hildene
母の父 Bubbling Over
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 メドウスタッド
馬主 クリストファー・チェネリー
調教師 ケーシー・ヘイズ(アメリカ)
競走成績
生涯成績 30戦17勝
獲得賞金 44万2140ドル
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ヒルプリンス (Hill Prince) はアメリカ合衆国で生産された競走馬および種牡馬である。半弟に種牡馬のファーストランディング、姪に1962年にアメリカ合衆国最優秀3歳牝馬となったシケイダがいる。1947年にクリストファー・チェネリーが経営するメドウスタッドで誕生し、そのままクリストファー・チェネリーの所有馬として競走馬となった。ヒルプリンスステークスの競走名の由来となっている馬でもある。

競走馬時代

2歳時の1949年7月9日に競走馬デビュー戦を迎え、デビュー戦で初勝利を挙げた。次走も勝利したが、デビュー3戦目で2着となったものの、以降は4連勝して2歳を終えた。

3歳時の1950年は、この年初戦のレースを制して前年からの連勝を5まで伸ばしたが、次走で9着となり連勝がストップすることになった。しかし続くウッドメモリアルステークスではミドルグラウンドを相手にレースを制し、そして迎えたケンタッキーダービーでは、前走で先着したミドルグラウンドに敗れて2着だった。続くウィザーズステークスとプリークネスステークスでは2走ともにミドルグラウンドを2着に封じ込めて連勝した。次のサバーバンハンデキャップで3着となって迎えたベルモントステークスでは、ミドルグラウンドに敗れて7着という結果に終わった。次のドワイヤーステークスは2着だったものの、その後アメリカンダービー、ジェロームハンデキャップ、ジョッキークラブゴールドカップを制し3連勝を達成するなどした。

4歳となった1951年は、6戦して2勝、ニューヨークハンデキャップを制しているが、前年の勢いはなかった。

5歳時の1952年は、サンマルコスハンデキャップを制したが、次のサンタアニタハンデキャップで5着となったのを最後に競走馬を引退した。

種牡馬時代

競走馬引退後の5歳より種牡馬入りし、23歳時の1970年に死亡した。

産駒は牝馬の活躍馬が多かったが、後継種牡馬を残すことに成功し、父系は3代続いたものの現在は途絶えている。しかし母系に入り血脈は受け継がれている。

年度別競走成績

  • 1949年 7戦6勝
  • 1950年 15戦8勝
    • 1着 ウッドメモリアルステークス、ウィザーズステークス、プリークネスステークス、アメリカンダービー、ジョッキークラブゴールドカップ
    • 2着 ケンタッキーダービー
  • 1951年 6戦2勝
    • 1着 ニューヨークハンデキャップ
    • 2着 ジョッキークラブゴールドカップ
  • 1952年 2戦1勝
    • 1着 サンマルコスハンデキャップ

表彰

主な産駒

血統表

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