ビオグラード・ナ・モル
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地理
歴史
地名は『海に面した白い町』を意味する。初めて名前が歴史に登場したのは10世紀で、中世のクロアチア王国国王によって建設された。司教と同様クロアチア王国の首都が置かれ、クロアチア王国を併合したハンガリー王カールマーンは、1102年にこの地で戴冠している。1202年、第四次十字軍がザダルを占領すると、多くの都市住民が難を逃れ避難してきたため、ビオグラード・ナ・モルは『ザラ・ヴェッキア』(Zara vecchia、古いザラ)と称されもした。
13世紀から14世紀、市は所有権が転々とし、ツェティナ公、ヴラナのテンプル騎士団、ブリビル公、シュビチ公らが領主となった。1409年にはヴェネツィア共和国が宗主国となり、1797年に共和国が衰退するまで繁栄を続けた。
ヴェネツィア=オスマン帝国戦争の間、市は1521年と1646年の2度戦場となり、破壊され火を放たれた。16世紀と17世紀、クロアチアの国民軍がビオグラードで設置され、対トルコ戦に幾度となく巻き込まれた。
人口

町そのものの人口は5,259人だが、基礎自治体全体では6,259人(2001年)である。人口の95%がクロアチア人である。