1926年、連邦海上保安局への賄賂発覚で摘発され、2年刑が短縮されて13か月で出所すると、酒の密輸をマドゥンとコステロに任せて合法ビジネスへの投資を開始した。カジノ事業への投資のほかアメフトやアイスホッケーなどのチームを次々に買収して複数チームのオーナーになった。
1932年、密輸稼業から完全に身を引き、クィーンズのベルハーバーに移住した。
1935年、アメリカ政府の起こした脱税訴訟で資産の多くを没収され、オーナーだったチームのほとんどを手放した。残ったチームについてはチーム経営の無知のせいで一方的に支出が膨らむ中、運営資金が尽きて借金した挙句、経営権を剥奪された。晩年はほとんど一文無しになり、残った資産は自分の頭の上の屋根だけとなった。