ピオ・バローハ

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ピオ・バローハ・イ・ネッシ(Pío Baroja y Nessi, 1872年12月28日 - 1956年10月30日)は、スペインギプスコア県サン・セバスティアン出身の小説家医者。「98年世代」の作家であり、戯曲伝記を著した。

バローハの家族は他にも著名人が多く、兄リカルド・バローハ英語版は作家・彫刻家・画家、妹のカルメン・バローハ英語版は作家で人類学者であり、その息子(ピオの甥)のフリオ・カロ・バローハも人類学者であった。

マドリードで医学を修了し、パン工場の経営者と嘱託医になるが、ドイツ哲学者であるフリードリヒ・ニーチェアルトゥール・ショーペンハウアーらの著作に影響され、文学に関心を持つようになる。

バローハは主にマドリードやバスク地方で行動的な人間が登場するピカレスク風の作品を書き、主著は全3部作からなる『生存競争』『知恵の木』 (El árbol de la ciencia) である。なお、戯曲では1913年から1935年にかけて執筆された22巻にも及ぶ、懐疑、陰鬱の人生観に支配された苦悩の人物が登場する一方、革命運動に捧げた冒険家を主人公にした、歴史小説『Memorias de un hombre de acción』が主著である。

1956年10月30日にマドリードで亡くなる。

バローハの著作は永田寛定笠井鎮夫らにより日本語訳されている。

翻訳

参考文献

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