ルーマニアは1916年8月、ブカレスト秘密協定に基づき連合国側で参戦しトランシルヴァニアへと侵攻した。しかし同盟軍の反撃を受け国土の半分が占領下になり、9月にはドイツ軍がブカレストに入城した。ルーマニア軍は増員されたロシア軍の援護で壊滅を免れ、マラシュティとマラシェシュティ、第二次オイトゥズの戦いではドイツ軍に防衛的勝利を収めるが既に敗北は決定的であった。1917年12月、十月革命により政権を獲得したボリシェヴィキが中央同盟国と単独停戦協定(英語版)を結び、ロシア軍はルーマニアから撤兵する。こうして無防備になったルーマニアは同盟国に対し休戦を申込み、その後ブカレスト条約(1918)が結ばれる。