4歳の頃よりピアノを弾き始め、音楽理論、キーボード、ドラム、ギターを独学で習得。音楽機材店で働いていた1980年代初期にマイケル・クレトゥとの出会いがあり、のちに創設者のひとりとしてエニグマにF・グレゴリアン(F. Gregorian)名義で参加。1991年に脱退した後、グレゴリアンのプロデューサーを務める。ファースト・アルバム『マスターズ・オブ・チャント』はヨーロッパを中心に大ヒットした。
サラ・ブライトマンとはアルバム『ダイヴ』(1993年)に参加して以降プロデューサーとしてコラボレーションを続け、世界的ヒットを出し続けている。なおブライトマンはピーターソンのガールフレンドだった時期がある。