フランシスコ・ロムート
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1893年4月14日に、バイオリン奏者の父とピアニストの母の子として生まれ、音楽的に恵まれた家庭に育つ。青年時に、サンタ・セシリア音楽院に通うのと同時に、タンゴを作曲しタンゴ楽団によるレコード録音がされるまでになる。タンゴやジャズのピアニストとして活躍する。フランシスコ・カナロとも個人的な友人となる。
1922年に、代表としてフランシスコ・ロムート楽団を設立する。この楽団は、レコード会社オデオンの五大楽団のひとつとなる。フランシスコ・ロムート楽団により、ロムートの死去までに957の録音が残された。1950年12月23日にパーティーの席上で倒れ、そのまま亡くなった。まだ57歳であった。
Club Tango ArgentinoはCD19枚、La Asociación De La Musica PorteñaはCD11枚の復刻に成功したものの、全録音の復刻への道はあまりにも険しくロムートの全貌はいまだに捉えられていない。Odeon五大楽団の中ではなぜか最も復刻が遅れており、Amazonやspotifyでもほとんど検索結果に表れることがない。