ブレーメンで生まれた。1850年頃から、デュッセルドルフ美術アカデミーで学び、当時有名な風景画家のアンドレアス・アッヒェンバッハ(1815-1910)やハンス・ギューデ(1825-1903)の画塾でも学んだ。10年ほどノルウェー、イタリアなどヨーロッパの各地を訪れ、風景画を描いた。1854年からデュッセルドルフの美術家協会、「Malkasten」の会員になった。1860年代になってアメリカを訪れ、1869年からアメリカに定住し、後に市民権を得た。鉄道会社に投資をして、裕福になった。アメリカでは東部の海岸の風景や ヨセミテなどの風景を描いた。
アメリカで暮らすようになってからも、イギリス王室のメンバーやドイツ、ロシアの顧客に絵を売るために、ヨーロッパに戻り、何度か、オランダ、ベルギーを訪れ海岸の風景を描いた。
99歳でフィラデルフィアで亡くなるまで、1000点以上の作品を残した。息子のLewis Edward Herzogも画家になった。