1973年 の第四次中東戦争 による石油ショック の際、アルバータ州の石油産業 がアメリカ企業に牛耳られていることを危惧し、対米依存主義脱却を目指す自由党 のトルドー 政権と野党 新民主党 の一部が、石油産業における公営企業の創設する法案を可決。
1975年 に国営企業として創業された。当時、人口のほとんどがアメリカ系石油企業に何らかの形で関連していたカルガリーでは、この国営企業創設には敵対的な雰囲気があった。カナダ進歩保守党 は創業に反対であり、分割し売却する意志を示していた。しかしアルバータ州の外では、ペトロ・カナダはカナダのナショナリズム の象徴として人気を博していった。連邦政府とペトロ・カナダは全国的な(特に地元カルガリーでも)人気を強化するため、成功裏に終わった1988年カルガリーオリンピック の招致活動をスポンサー として支援した。西部石油開発と東部大西洋 のオイルサンド 開発での主流企業として成長していった。
ペトロ・カナダのガソリンスタンド給油機
ほとんどのペトロ・カナダのガソリンスタンド は元のBPカナダ のスタンドを引き継いだ。その後さらにガルフとフィナ(Fina)のスタンドも買収した。
1984年から政権を握った親米である進歩保守党のマルルーニー 政権(1984年-1993年)では、政策会社としてではなくペトロ・カナダを民間企業との健全な競合関係へと促した。
1990年に政府はペトロ・カナダを民営化する計画を発表、1991年より株式 を公開した。2004年に政府は所有している全株式(19%)を売却。
2010年 開催のバンクーバーオリンピック のローカルスポンサー(ナショナル・スポンサー)となった。
2009年3月にカナダのエネルギー企業サンコー・エナジー (Suncor Energy Inc.)との合併計画を発表し、2009年5月両社株主の了承を得、8月に合併実施した。
日本国内でペトロ・カナダのブランドを見かける事は多くはないが、輸入された潤滑油が流通している。
潤滑油に関して言えばペトロ・カナダは2010年代後半までアメリカを含む北米地域のプラントにおいて商業ベースでグループ3基油を継続的に製造する唯一のメーカーであった。
なおペトロ・カナダの潤滑油を製造するPetro-Canada Lubricants (PCLI)は2017年にアメリカの石油会社en:HollyFrontier がサンコーより買収しており、資本的にはアメリカのブランドとなっている。