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ヨハン・ホイジンガ

オランダの歴史家 (1872-1945) From Wikipedia, the free encyclopedia

ヨハン・ホイジンガ[注釈 1](蘭: Johan Huizinga [ˈjoːɦɑn ˈɦœy̯zɪŋɣaː][1][注釈 2]、1872年12月7日 - 1945年2月1日)は、オランダの歴史家。サンスクリット文献研究から歴史研究に転じた。『中世の秋』[2]『ホモ・ルーデンス(英語版)』などの著作で知られる。

死没 (1945-02-01) 1945年2月1日(72歳没)
オランダの旗 オランダ デ・ステーグ(英語版、オランダ語版)
研究分野 歴史学、文化史
概要 人物情報, 生誕 ...
ヨハン・ホイジンガ
Johan Huizinga
人物情報
生誕 (1872-12-07) 1872年12月7日
オランダの旗 オランダ フローニンゲン
死没 (1945-02-01) 1945年2月1日(72歳没)
オランダの旗 オランダ デ・ステーグ(英語版、オランダ語版)
出身校 フローニンゲン大学
学問
研究分野 歴史学、文化史
研究機関 フローニンゲン大学(1905年 - 1923年)
ライデン大学(1915年 - 1942年)
学位 博士(フローニンゲン大学・1897年)
主要な作品 『中世の秋』(1919年)
『ホモ・ルーデンス』(1938年)
影響を受けた人物 ヤーコプ・ブルクハルト
学会 王立科学アカデミー(1929年 - 1942年)
主な受賞歴 D.A. Thiemeprijs(1920年)
脚注
ライデン大学学長(英語版)(1932年 - 1933年)
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生涯

年譜

研究内容・業績

  • ホイジンガはブルクハルトのルネサンス観には、疑問を持っていた。彼は『中世の秋』で14-15世紀のブルゴーニュ公国の文化について考察を行っているが、第8章で遊びと真面目が截然としていない文化たるキリスト教社会にあって、卑猥な言葉も隠し言葉もこれらは全て民族的背景を基盤とし、貴族文化の成熟の象徴であると称えている。これを発展させ、人間の本質を「遊戯」に見出したのが『ホモ・ルーデンス』(1938年)である[3]。
  • エラノス会議を通し神話学者のカール・ケレーニイ等とも交流があった。

日本に関する言及

ホイジンガは、オランダの東洋語・サンスクリット語学者であるラーデル教授から得た考察として、日本語に関する考察を述べている。[要出典]それによると、日本語は中国語とは対照的であるが、その反面、現代西洋語に酷似しているとのことである。

日本に与えた影響

  • 著作は邦訳されたものも多い。『中世の秋』の訳者で、ホイジンガ研究の第一人者である堀越孝一は、ホイジンガのシンボリック的暗示のもつ偉大なる魅力にとりつかれたと述べている。

伝記・用語

  • 里見元一郎『ヨハン・ホイジンガ その歴史観と文明論』(近代文芸社新書、2001年)
    • 『西欧中世の宮廷文明』(近代文芸社新書、2003年)- 「中世の秋」論がある。
  • ホモルーデンス (homo ludens) - 〔遊ぶ人の意〕 オランダの歴史学者ホイジンガの用語。遊戯が人間活動の本質であり,文化を生み出す根源だとする人間観。遊戯は生活維持を求める生物学的活動を超え、生活に意味を与えるものであると主張される[4]。

著書

日本語訳(※は電子書籍版も刊)
  • 『ホイジンガ選集』(全6巻、兼岩正夫・里見元一郎・藤縄千艸・磯見昭太郎訳、河出書房新社、1971-1972年、新装版1989-1991年) 
    1. ホモ・ルーデンス、2. 明日の蔭の中で[5]、3. 歴史を描くこころ[6]
4. ルネサンスとリアリズム[7]、5. 汚された世界[8]、6. 中世の秋[9]
  • 『祖国の歴史より ホイジンガ歴史画集』(里見元一郎訳・解説、河出書房新社、1972年)

脚注

参考文献

外部リンク

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