ポリギロス
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| ポリギロス Πολύγυρος | |
|---|---|
ポリギロス市庁 | |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯40度22分 東経23度26分 / 北緯40.367度 東経23.433度座標: 北緯40度22分 東経23度26分 / 北緯40.367度 東経23.433度 |
| 行政 | |
| 国: | |
| 地方: | 中央マケドニア |
| 県: | ハルキディキ県 |
| ディモス: | ポリギロス |
| 人口統計 (2001年) | |
| 都市 | |
| - 人口: | 10,721 人 |
| - 面積: | 470.933 km2 |
| - 人口密度: | 23 人/km2 |
| その他 | |
| 標準時: | EET/EEST (UTC+2/3) |
| 標高: | 426 m |
| 公式サイト | |
| https://polygyros.gr | |
ポリギロス(ギリシャ語:Πολύγυρος / Polygyros)は、ギリシャの中央マケドニア地方のハルキディキ県の県都であり、位置はテッサロニキの南東にあたる。町はホロモンタス山の南西部の高原上にあり、町の北側にはテッサロニキとアルネアを結ぶ道路(GR-16)が通っている。人口は10,721人、面積は470.933km²。ポリギロス市内には、ポリギロス市街(5,040人)の他に、カリヴェ・ポリギル(1,136人)、オリントス(1,131人)、タクシャルキス(1,070人)、ヴラスタマ(793人)の集落が存在する。
ポリギロスの町の名称の由来には、さまざまな説が存在する。健康に良い気候であることから「とても」を意味するポリ (poly) と「強い」を意味するゲロス (geros) を組み合わせたという説や、古代の神殿がこの地域に多いことから「多い」を意味するポリ (poly) と「神聖な」を意味するイエロス (ieros) を組み合わせたという説などがある。また、この地の所有者であったポリアロス (Polyaros) という人物に由来するという説もある。
歴史
古代
現代のポリギロスの町の周辺には、古代都市アポロニアが存在した。アポロニアはオリントス主導で構成されたハルキディキ共同体 (Koinon ton Chalkideon) 32都市の一つであった。ハルキディキ共同体は紀元前379年にスパルタによって崩壊され、紀元前348年には、ハルキディキ地方一帯はピリッポス2世によってマケドニア王国に併合された。その後、紀元前168年にローマ帝国の支配下に入った。
その後
ポリギロスの町自体は、紀元後1080年頃に東ローマ皇帝ニケフォロス3世ボタネイアテスの皇帝勅書である、クリッソヴロンの中で初めて言及されている。1430年には、他の東ローマ帝国領と同様にオスマン帝国に併合され、セラーニク(テッサロニキ)県の一部となった。1821年5月17日にはオスマン帝国による町の支配に対して、ポリギロスの住民が反乱を起こした。1854年の反乱では町の住民のほとんどが反抗したが、失敗に終わった。第一次バルカン戦争により、ポリギロスの町はギリシャに割譲され、現在に至っている。
文化
スポーツ
- ニキ (Niki) - サッカー
- AOP (Athletic Club of Polygyros) - バスケットボール
