マイク・チャップマン
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クイーンズランド州ナンボーに生まれる。
60年代中盤にイギリスに移住し、Tangerine Peelのメンバーとなり、1967年から1970年にかけてアルバム1枚、シングル数枚をリリースした。1970年にロンドンのナイトクラブ「トランプ」でウェイターとして働いていたニッキー・チンと出会う。
意気投合した2人は、当時すでにビッグネームだったプロデューサーミッキー・モストが設立したRAK Recordsで働き始めた。間もなくそこにはスージー・クアトロ、スモーキー、マッドといったスター候補が集うようになった。
チャップマンとチンのチームは、1970年から70年代終盤まで、その名前が(作曲であれプロデュースであれ)クレジットさえされていればその曲は必ずヒットするという人もうらやむ強力なヒットメーカーとして活躍した。2人のチームはチニチャップ(Chinnichap)と呼ばれ、70年代から80年代のポップ・ミュージック界におけるブランドとなり、1973年から1974年までの2年間だけで、イギリスのシングルTop40に19曲を送り込み、うち5曲がナンバーワン・ヒットとなった。
チャップマンは、1979年にDreamlandレコード会社を設立した。チャップマンは後にこの会社がチンとのパートナーシップの強化のためだとコメントしたが、実際にはチンの関与を減らして自由に仕事を進めるためであった。制作におけるチンの関与は最小限になり、チャップマンは1975年のアメリカ移住後は単独での仕事に没頭し、ブロンディ、ザ・ナックらを手がけた。