マイク・マイヤーズ (左投手)

アメリカの野球選手 (1969-) From Wikipedia, the free encyclopedia

マイケル・スタンリー・マイヤーズMichael Stanley "Mike" Myers, 1969年6月26日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州アーリントンハイツ出身のプロ野球選手投手)。アイオワ州立大学出身。

生年月日 (1969-06-26) 1969年6月26日(56歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
197 lb =約89.4 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
マイク・マイヤーズ
Mike Myers
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州アーリントンハイツ
生年月日 (1969-06-26) 1969年6月26日(56歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
197 lb =約89.4 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1990年 ドラフト4巡目
初出場 1995年4月25日
最終出場 2007年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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プロ入り後の経歴

1990年サンフランシスコ・ジャイアンツにドラフト4巡目で指名されてプロ入り。その後、1992年フロリダ・マーリンズへ移籍し、1995年にメジャーデビュー。マーリンズでは2試合に投げたが、同年8月9日バディ・グルームとの1対1のトレードでデトロイト・タイガースへ移籍。

その後、タイガースで大きく飛躍し、1996年1997年の2年連続でリーグ最多登板をマークした。しかし1997年11月に、サンティアゴ・ペレスリック・グリーンと共に、ブライス・フロリーとの3対1のトレードでミルウォーキー・ブルワーズに移籍する。ブルワーズでは2年間で141試合に登板し、1998年には防御率2.70を記録するなど、リリーフ投手としての役割をしっかりと果たした。

移籍後もリリーフ投手として活躍していたものの1999年オフに、カート・レスカニックとの1対1のトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍。ロッキーズ1年目の2000年には再三のトレードによる鬱憤を晴らすかの様な快投を見せ、リーグ3位の78試合に登板し、防御率1.99という非の打ち所のない成績を残した。2001年も防御率こそ3.60まで下がったが、それでも73試合登板という堂々たる数字をマークした。2002年開始前に、JD・クロッサージャック・カストとの1対2のトレードでアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍。ダイヤモンドバックスでは2年間で133試合に登板したものの、防御率の平均は5.03と不本意な2年間に終わってしまった。

2003年のシーズン終了時にフリーエージェントになり、シアトル・マリナーズと契約した。2004年シーズン開始後も、リリーフとしてメジャーで登板を重ね、50試合に登板したものの防御率4.88と今一つだった。そのためウェーバーを経て、同年8月にボストン・レッドソックスへ移籍。レッドソックスでは25試合に投げて防御率4.20とやや持ち直したものの、同年シーズン終了と同時にフリーエージェントとなった。

その後、セントルイス・カージナルスが獲得するが、2005年3月29日にマイナーリーグに所属する2選手との1対2のトレードでレッドソックスへ放出され、結局はレッドソックスでプレイすることになった。同年は、65試合に登板し防御率3.13を記録。左打者に対する被打率.158を記録するなど、左打者封じとして効果的な働きを見せた。

2005年シーズン終了と同時にフリーエージェントとなる。ニューヨーク・ヤンキースと2年契約を結ぶ。2006年は62試合で防御率3.23を記録したが、左打者に打たれるケースが目立つようになった。ちなみにシーズンオフにメジャーリーグ代表として日米野球に参加したが、左打者である阿部慎之助にスリーランホームランを打たれている。翌2007年は、55試合に登板して防御率2.66を記録していたが、同年8月にヤンキースから放出され、シカゴ・ホワイトソックスに移籍した。ホワイトソックスでは、17試合に登板したものの防御率11.20に終わり、シーズン終了後にフリーエージェントとなった。

2008年は、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加する。しかし、メジャーに残ることはできずドジャース傘下のラスベガス・フィフティワンズで10試合に登板したが、同年4月25日にラスベガス・フィフティワンズに契約解除を申請し受理。フリーエージェントとなった。その後、現役に復帰することなく、現役を退いた。

ポストシーズンには4度出場して9試合に登板しているが、防御率8.31と相性が良くなかった。

プレースタイル

投球フォームが非常に独特な投手である。ややサイドスロー気味であるものの、上体を傾けて投げているためリリースポイントが低く、事実上の左アンダースロー投手である。ステップ幅はさほど大きくなく、渡辺俊介のように沈み込んだりはしない。そのかわり右足を一塁側に踏み出し、上体を傾けた体勢から投げ込んでゆく。

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
1995 FLA 20000000------92.010300000000.002.00
DET 110000100--1.000336.1101402400779.952.21
'95計 130000100--1.000428.1111702400777.562.16
1996 830000156--.16729864.27063484692041365.011.61
1997 880000042--.00024653.258122522500036345.701.55
1998 MIL 700000221--.50021150.04452216402119152.701.32
1999 71000021013.66717941.14671313351024245.231.43
2000 COL 78000001115.00017745.12422432411010101.991.06
2001 73000023010.40016940.03222471360017163.601.40
2002 ARI 69000043417.57117137.03921708310018184.381.51
2003 6400000106.00017236.13842115211023235.701.62
2004 SEA 5000004108.80012627.22931742231015154.881.66
BOS 25000010021.0006615.0162610910774.201.47
'04計 75000051010.83319242.24552352322022224.641.59
2005 6500003109.75015137.13031322210014133.131.15
2006 NYY 62000012018.33313230.22931013221014113.231.27
2007 55000030041.00017540.23831602210114122.661.33
CWS 17000010021.0007013.2213721600191711.202.05
'07計 72000040061.00024554.15962323270133294.801.51
通算:13年 8830000252414104.5102385541.25255825633434291022782584.291.44
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  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

外部リンク

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