5歳のときにスケートを始めた。1990年の全米選手権ジュニアクラスで2位となり、翌1990-1991年シーズンよりシニアクラスに転向。ネーベルホルン杯と1991年冬季ユニバーシアード競技大会で優勝し、全米選手権では5位となる。
1993年の全米選手権では自身初の表彰台となる3位であったが、当時のアメリカ男子シングルの世界選手権出場枠は2枠であったため、世界選手権に出場することはなかった。翌1993-1994年シーズンはリレハンメルオリンピックシーズンでもあったが、このころからケガにも悩まされ1994年全米選手権を欠場。以後、成績は振るわなくなりオリンピック出場も果たせなかった。
1998-1999年シーズン後にアマチュアを引退し、プロに転向。「ホリデー・オン・アイス」などで活動した。