1954年にポーランドのザコパネに生まれる。父親のクシシュトフ・ベルベカもトップクライマーだったが、アルプス山脈で遭難。収容先のチューリッヒの病院で亡くなる。マチェイはポーランドの国立美術学校で学ぶ。家族も芸術・美術に関わる芸術一家だった。そんな環境の中マチェイは登山を始め、ポーランドの「ヒマラヤ黄金時代」と言われる80年代に活発に活動していたザコパネ山岳会でマチェイは鍛えられることとなる。84年にリシャルド・ガエフスキと共にマナスル冬季初登頂、85年にと共にチョ・オユー冬季初登頂。88年には冬季ブロード・ピークに挑戦するが、前衛峰への登頂のみで主峰への登頂には失敗する。その後もヒマラヤに挑戦し、アンナプルナ南壁新ルートへの登頂に成功する。
2013年にクシストフ・ヴィエリツキに率いられアダム・ビエレツキ、トマス・コワルスキ、アルトゥール・マレクと共に冬季ブロード・ピークへ二度目の挑戦を行う。全員登頂に成功するものの、ベルベカとコワルスキは最終キャンプにたどり着けず、行方不明となる。