マリアノ・プエルタ
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マリアノ・プエルタ | ||||
| 基本情報 | ||||
| 愛称 | マリアン (Marian) | |||
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| 出身地 | 同・ブエノスアイレス | |||
| 生年月日 | 1978年9月19日(46歳) | |||
| 身長 | 180cm | |||
| 体重 | 78kg | |||
| 利き手 | 左 | |||
| バックハンド | 片手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 1997年 | |||
| 引退年 | 2009年 | |||
| ツアー通算 | 6勝 | |||
| シングルス | 3勝 | |||
| ダブルス | 3勝 | |||
| 生涯通算成績 | 170勝172敗 | |||
| シングルス | 128勝118敗 | |||
| ダブルス | 42勝54敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $1,781,372 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 2回戦(1999) | |||
| 全仏 | 準優勝(2005) | |||
| 全英 | 1回戦(1998・2001・03・05) | |||
| 全米 | 2回戦(1999・2005) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | 1回戦(1999・2000・03) | |||
| 全仏 | 2回戦(1999) | |||
| 全英 | 1回戦(2005) | |||
| 全米 | 1回戦(1998・2003・05) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 9位(2005年8月15日) | |||
| ダブルス | 68位(1999年8月2日) | |||
マリアノ・ルベン・プエルタ(Mariano Rubén Puerta, 1978年9月19日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の男子プロテニス選手。2005年全仏オープン男子シングルス準優勝者。身長180cm、体重78kg。男子テニスツアーでシングルス3勝、ダブルス3勝を挙げた。
5歳からテニスを始め、1998年にプロ入り。それから7年間は4大大会では3度の2回戦進出が自己最高成績だった。2005年全仏オープン男子シングルスではノーシードから決勝に勝ち上がった。決勝で当時19歳になったばかりのラファエル・ナダルと対戦(ちなみに左利き対決である)。プエルタはナダルから第1セットを奪ったが、続く3セットを落として、7-6, 3-6, 1-6, 5-7で敗れて準優勝に終わった。
ところが、全仏決勝後の検査で、彼が禁止薬物である興奮剤の「エチレフリン」に陽性反応を示したことが明るみに出てしまう。プエルタは2003年にも、ドーピング違反で9ヶ月の出場停止処分を受けたことがあった。12月21日、国際テニス連盟(ITF)はプエルタに対して「出場資格停止8年」の処分を発表した。この処分は決勝戦のあった6月5日にさかのぼって有効となり、全仏オープン準優勝で獲得したポイントと賞金を含め、それ以後のランキング・ポイントと獲得賞金がすべて没収されることになった。
1年後の2006年、スポーツ仲裁裁判所がプエルタの出場停止処分を当初の「8年」から「2年」に軽減することを決定した。処分が明けた2007年6月から現役復帰を果たし、チャレンジャー大会を中心に転戦していたが、2009年11月のペルーの大会を最後に試合から遠ざかっている。