マリア・ベント=カブチ
From Wikipedia, the free encyclopedia
マリア=アレハンドラ・ベント=カブチ(Maria-Alejandra Vento-Kabchi, 1974年5月24日 - )は、ベネズエラ・カラカス出身の女子プロテニス選手。既婚選手として、自分の姓「ベント」(Vento)と夫の姓「カブチ」(Kabchi)を併用している。WTAツアー大会でシングルス優勝はないが、ダブルスで4勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス26位、ダブルス15位。身長168cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
| |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 基本情報 | |||||||||||||
| フルネーム | Maria-Alejandra Vento-Kabchi | ||||||||||||
| 国籍 |
| ||||||||||||
| 出身地 | ミランダ州カラカス | ||||||||||||
| 居住地 |
フロリダ州マイアミ | ||||||||||||
| 生年月日 | 1974年5月24日(52歳) | ||||||||||||
| 身長 | 168cm | ||||||||||||
| 体重 | 59kg | ||||||||||||
| 利き手 | 右 | ||||||||||||
| バックハンド | 両手打ち | ||||||||||||
| デビュー年 | 1994年 | ||||||||||||
| 引退年 | 2006年 | ||||||||||||
| 生涯獲得賞金 | $1,591,803 | ||||||||||||
| ツアー経歴・シングルス | |||||||||||||
| ツアー通算 | 0勝 | ||||||||||||
| 自己最高ランキング | 26位(2004年7月19日) | ||||||||||||
| 生涯通算成績 | 361勝324敗 | ||||||||||||
| グランドスラム最高成績・シングルス | |||||||||||||
| 全豪オープン | 2回戦(2001) | ||||||||||||
| 全仏オープン | 2回戦(2004) | ||||||||||||
| ウィンブルドン | 4回戦(1997) | ||||||||||||
| 全米オープン | 4回戦(2005) | ||||||||||||
| ツアー経歴・ダブルス | |||||||||||||
| ツアー通算 | 4勝 | ||||||||||||
| 自己最高ランキング | 15位(2004年6月26日) | ||||||||||||
| 生涯通算成績 | 153勝157敗 | ||||||||||||
| グランドスラム最高成績・ダブルス | |||||||||||||
| 全豪オープン | ベスト8(2004) | ||||||||||||
| 全仏オープン | 2回戦(2002・03・05・06) | ||||||||||||
| ウィンブルドン | ベスト8(2003・04) | ||||||||||||
| 全米オープン | ベスト8(2003) | ||||||||||||
| 獲得メダル | |||||||||||||
| |||||||||||||
来歴
6歳からテニスを始め、1994年2月にプロ入り。マリア・ベントはまだアマチュア選手だった頃の1990年に、16歳で女子テニス国別対抗戦・フェドカップのベネズエラ代表選手に初選出され、1996年から2001年までフェド杯に6年連続出場を果たした。ベントは、1997年のウィンブルドンで4回戦進出を果たした。この時ベントは予選3試合を勝ち抜いて本戦出場権を獲得し、本戦3回戦でマグダレナ・マレーバ(ブルガリア)を 6-2, 7-5 で破り、デニサ・クラドコバ(チェコ)との4回戦まで勝ち進んだ。1998年ウィンブルドンで2年連続の3回戦進出を果たすが、第2シードのリンゼイ・ダベンポートに 3-6, 6-1, 2-6 で敗れている。2000年のシドニー五輪で、ベントは初めてオリンピックのベネズエラ代表選手に選ばれ、女子シングルス2回戦でベルギー代表のサビーネ・アペルマンスに 2-6, 2-6 で敗れた。女子ダブルスではミラグロス・セケラとペアを組み、ベルギー代表のドミニク・ファン・ルースト&エルス・カレンズ組との準々決勝まで進出している。
2001年7月21日、マリア・ベントは弁護士のガマル・カブチ(Gamal Kabchi)と結婚し、2つの姓を併用して「マリア・ベント=カブチ」と名乗るようになった。結婚後の2002年に、ベント=カブチはダブルスで年間2勝を獲得する。30歳を迎えた2004年に単複とも好成績を多く出し、全米オープンで初めて3回戦進出を果たした。1回戦でスペインのベテラン選手、コンチタ・マルティネスを破ったベント=カブチは、3回戦で第2シードのアメリ・モレスモに 2-6, 0-6 で完敗する。全米オープンに先立ち、2004年アテネ五輪で2度目のオリンピック出場も果たし、女子シングルス2回戦でベルギー代表のジュスティーヌ・エナン=アーデンに敗れた。この年はダブルスでも、インドネシアのアンジェリク・ウィジャヤとペアを組んで全豪オープンとウィンブルドンの女子ダブルスでベスト8に入った。
2005年は全米オープンで4回戦に進出し、1997年ウィンブルドン以来8年ぶりの4大大会ベスト16入りを決めたが、4回戦で第4シードのキム・クライシュテルスに 1-6, 0-6 で敗れた。この後、ベント=カブチは「ジャパン・オープン」の女子ダブルスで浅越しのぶとペアを組み、マリア・キリレンコ(ロシア)&ヒセラ・ドゥルコ(アルゼンチン)組に敗れて準優勝になっている。
2006年は5年ぶりにフェドカップのベネズエラ代表選手に復帰し、通算成績を「35勝20敗」(シングルス21勝11敗、ダブルス14勝9敗)に伸ばした。2006年10月、チューリッヒ・オープンの予選1回戦で当時世界ランク116位のカテリナ・ボンダレンコ(ウクライナ)に敗れた試合を最後に現役を引退した。
WTAツアー決勝進出結果
シングルス: 1回 (0勝1敗)
| 大会グレード |
|---|
| グランドスラム (0–0) |
| ティア I (0–0) |
| ティア II (0–0) |
| ティア III (0–1) |
| ティア IV & V (0–0) |
ダブルス: 10回 (4勝6敗)
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2000年5月28日 | クレー | 4–6, 3–6 | |||
| 優勝 | 1. | 2002年2月21日 | ハード | 6–3, 6–2 | |||
| 準優勝 | 2. | 2002年4月14日 | クレー | 3–6, 1–6 | |||
| 優勝 | 2. | 2002年9月15日 | ハード | 1-6, 6-2, 6-3 | |||
| 準優勝 | 3. | 2003年2月10日 | ハード | 1–6, 3–6 | |||
| 準優勝 | 4. | 2003年8月11日 | ハード | 6–3, 1–6, 1–6 | |||
| 優勝 | 3. | 2003年9月8日 | ハード | 7–5, 6–2 | |||
| 準優勝 | 5. | 2004年9月26日 | ハード | 4–6, 4–6 | |||
| 優勝 | 4. | 2005年9月25日 | ハード | 6-2, 6-4 | |||
| 準優勝 | 6. | 2005年10月9日 | ハード | 5–7, 6–4, 3–6 |
4大大会シングルス成績
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | Z# | PO | G | S | B | NMS | P | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
外部リンク
- マリア・ベント=カブチ - WTAツアーのプロフィール
- マリア・ベント=カブチ - ビリー・ジーン・キング・カップのプロフィール(アーカイブ)
- マリア・ベント=カブチ - 国際テニス連盟