マルティーノ・アンツィ

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マルティーノ・アンツィ(Martino Anzi、1812年1月31日 - 1883年4月19日)はイタリアの司祭、植物学者、博物学者である。

ロンバルディア州ソンドリオ県ボルミオに生まれた。1835年に司祭に叙階され、コモの神学校で神学、教会史、宗教的弁証法、自然科学を教えた。ヘブライ語を含む古典言語やフランス語英語ドイツ語や中東の言語に堪能であった。歴史学の分野でもトレント公会議に始まる、教会の歴史の著作を行った。

1848年のフランス二月革命を契機としたヨーロッパ各地のナショナリズムの高揚のなかで、公安委員会のメンバーとなり、第1次イタリア独立戦争ではステルヴィオ峠の守備隊を組織した。

自然科学の分野の業績としては、植物学において隠花植物の研究を行ったことで知られ、地衣類蘚苔類、淡水藻類や菌類の研究で評価された。アンツィの残した標本はトリノ大学の植物研究所に保存されている。

教皇庁科学アカデミー(Pontificia accademia delle scienze)の会員に選ばれた。

著作

参考文献

外部リンク

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