マルティーノ・アンツィ
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ロンバルディア州ソンドリオ県のボルミオに生まれた。1835年に司祭に叙階され、コモの神学校で神学、教会史、宗教的弁証法、自然科学を教えた。ヘブライ語を含む古典言語やフランス語、英語、ドイツ語や中東の言語に堪能であった。歴史学の分野でもトレント公会議に始まる、教会の歴史の著作を行った。
1848年のフランスの二月革命を契機としたヨーロッパ各地のナショナリズムの高揚のなかで、公安委員会のメンバーとなり、第1次イタリア独立戦争ではステルヴィオ峠の守備隊を組織した。
自然科学の分野の業績としては、植物学において隠花植物の研究を行ったことで知られ、地衣類、蘚苔類、淡水藻類や菌類の研究で評価された。アンツィの残した標本はトリノ大学の植物研究所に保存されている。
教皇庁科学アカデミー(Pontificia accademia delle scienze)の会員に選ばれた。