ゲルマーは、100mと200mの短距離を得意とした選手で、1956年のメルボルンオリンピックの4×100mリレーでは、ハインツ・フュッテラー、ローター・クネルツァー、レオンハルト・ポールとともに銅メダルを獲得。同年から、1958年のヨーロッパ選手権の100mでアルミン・ハリーに敗れるまで74連勝という記録を残した。なお、この大会の200mでは金メダルを獲得した。
ヨーロッパ選手権直後の1958年8月には、ケルンで、4×100mリレーの世界記録(39秒5)を樹立。また、10月には200mで20秒6の世界記録を樹立している。
ゲルマーは、1960年ローマオリンピックには、けがが十分に完治していなかったのと、治療した親知らずの影響で、100m、200mとも一次予選で敗退し、また4×100mリレーには出場できなかった。しかし、ゲルマーがいなくても、ドイツは4×100mリレーで金メダルを獲得している。
ゲルマーは現役引退後、商売を始め、小売店のチェーン、宝くじ販売会社の社長となる。また、20年間、地元ケルンのスポーツクラブの会長の職に就いていた。