文化唯物論の発展に大きく貢献し、カール・マルクスの生産力とマルサスの人口統計学的要因を基盤として、それらを社会構造や文化を決定づける鍵とみなした。1968年に"The Rise of Anthropological Theory"を出版して以降、人類学の分野において文化と生態学の関係に光をあてる仕事に残りの人生を費やした。著書の多くが一般読者の間で広く読まれている。
学者としての生涯にわたって、忠実な信奉者を得た一方で数多くの批判も受けた。アメリカ人類学会(英語版)(AAA)の年次総会では、会場や演壇に立つ者などから激しい疑問を受ける常連であった。