ムフタール通り
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歴史
もともとこの通りは古代ローマ時代からケタリウス山(Mons Cetarius)と呼ばれていた山の脇を通る道だった。ムフタールという名は山の名前から来ている。時代によってモンフェタール(Montfétard)、モーフタール(Maufetard)、モフタール(Mofetard)、ムフタール(Moufetard)、ムフラール(Mouflard)、ムフタール(Moufetard)、モフタール(Moftard)、モスタール(Mostard)と名を変えてきた。また、サン=マルセル通り(rue Saint-Marcel)、フォーブール・サン=マルソー通り(rue du Faubourg Saint-Marceau)、ヴィエイユ・ヴィル・サン=マルセル通り(rue de la Vielle Ville Saint-Marcel)と呼ばれたこともある。
中世には通りに沿って建つ教会がサン=メダール村の中心となっていた。1724年に村がパリに組み込まれてからは、大動脈であるフォーブール・サン=メダール通りになった。
サント=ジュヌヴィエーヴ山(サント=ジュヌヴィエーヴの丘)の上にあったおかげでムフタール通りはオスマン男爵のパリ改造で作り替えられることはなく、昔の面影を残している。
