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ムールーヤ川

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ムールーヤ川(アラビア語: وادي ملوية, Moulouya)は、モロッコの河川。全長520キロメートル。中央アトラス山脈のアヤチ山に源を発し[2]、モロッコ北東部のサイディア近くで地中海にそそぐ。

現地の呼称 وادي ملوية
所在地 アヤチ山
標高 3,700 m (12,100 ft)
概要 ムールーヤ川, 現地の呼称 ...
ムールーヤ川
ムールーヤ川の河口部

ムールーヤ川の流路
現地の呼称 وادي ملوية
所在
国 モロッコ
特性
水源  
 • 所在地 アヤチ山
 • 標高 3,700 m (12,100 ft)
河口・合流先  
 • 所在地
サイディア近くの地中海
 • 座標
北緯35.1228度 西経2.3367度 / 35.1228; -2.3367
 • 標高
0 m (0 ft)
延長 520 km (323 mi)
流域
流路 中央アトラス山脈 - ハッサン2世ダム - ムハンマド5世ダム - 地中海
登録名Embouchure de la Moulouya
登録日2005年1月15日
登録コード1478[1]
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水位は頻繁に変動する。川の水は灌漑に利用されており、ハサン2世ダム(英語版)とムハンマド5世ダム(英語版)がある。

歴史

ムールーヤ川のフラミンゴ

古代には、ボックス1世以降のマウレタニア王国の東の境界であった。古代ローマ人は、この川をマルワ川ないしムルカ川と呼んだ。中世イギリスの疑似歴史学では、スコッチ人の祖先やトロイのブルータスがこの川沿いに旅をしたとされた[3][4][5]。

フランスによる植民地化以前には、オスマン帝国のアルジェ摂政領とモロッコの諸王朝の国境とされ[6][7]、1692年には河岸でアルジェリアとアラウィー派の衝突が発生した。1920年代に短期間存在したリーフ共和国や、1956年まで存続したスペイン保護領モロッコもこの川を東の境界としていた。

生態系

河岸に打ちあげられた魚(2011年8月)

河口部の三角江と氾濫原は2005年、ラムサール条約に登録されている[1]。一帯はギョリュウ属(英語版)の林が主要な植生で、広大な乾燥地を渡る渡り鳥にとって重要な停留地である。訪れる主な種はハチマキジョウビタキ(英語版)、ウスユキガモ、アカハシカモメ(英語版)などであり、河口は固有種と希少種の魚類の重要な産卵地と養育地でもある[1]。

下流部のムハンマド5世ダム(英語版)のダム湖はナドールの水源地で、灌漑用水のほか、水力発電と養魚も行われる。この湖もラムサール条約に登録されており、湖畔はギョリュウ属の林が多いが、上流側にユーカリの林もある。一帯は夏になるとオオバンとアカツクシガモの営巣地となり、湖にはモロッコ東部の固有種のバルブ(英語版)のBarbus moulouyensis(英語版)が生息している[8]。

2011年8月、ムールーヤ川で汚染物質のため魚が死に、地元住民が農作物や家畜への影響を懸念する事態となった。

脚注

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