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モーツァルトのための劇場

オーストリアのザルツブルクにある劇場 From Wikipedia, the free encyclopedia

モーツァルトのための劇場(モーツァルトのためのげきじょう、ドイツ語: Haus für Mozart)、旧ザルツブルク祝祭小劇場Das Kleine Festspielhaus)はオーストリアザルツブルクにある劇場。2006年モーツァルト生誕250年を記念して「モーツァルトのための劇場」と改称された。なお日本では モーツァルトの家 とも呼ばれる。1960年に完成した隣接する祝祭大劇場とともに、ザルツブルク音楽祭の主会場である。

旧名称 ザルツブルク祝祭小劇場
開館 1925年
収容人員 1,580(立席85)人
客席数 1,495席
概要 モーツァルトのための劇場 Haus für Mozart, 情報 ...
モーツァルトのための劇場
Haus für Mozart
情報
旧名称 ザルツブルク祝祭小劇場
開館 1925年
収容人員 1,580(立席85)人
客席数 1,495席
用途 コンサートホール歌劇場
所在地  オーストリア
ザルツブルク州ザルツブルク ホーフシュタールガッセ 1
位置 北緯47度47分52秒 東経13度02分33秒
外部リンク https://www.salzburgerfestspiele.at/l/haus-fuer-mozart
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歴史

モーツァルトのための劇場
モーツァルトのための劇場

1924年ザルツブルクの建築家エドワルト・ヒュッター(Eduard Hütter)により、ザルツブルク宮廷の旧厩舎が改築され、最初の 祝祭劇場を使用したフーゴ・フォン・ホーフマンスタールの神秘劇が、マックス・ラインハルトの演出で開催された。翌1925年には、すでにクレメンス・ホルツマイスター(en:Clemens Holzmeister)による改修が行われ、現在まで続く祝祭劇場の重要な利用目的、つまりドーム広場で開催される『イェーダーマン』(de:Jedermann)が雨天の場合の上演場所が確保された。同年、祝祭劇場でブルーノ・ワルターカール・ムックde:Karl Muck)、フランツ・シャルクの指揮による3回のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演が行われた。祝祭劇場でのはじめてのオペラ公演は、1927年ベートーヴェンの没後100周年にちなみ、フランツ・シャルク指揮、ウィーン国立歌劇場の出演で『フィデリオ』が上演された。1936年の改修記念として、再び『フィデリオ』がトスカニーニの指揮で上演された。ちなみに両方の公演ともロッテ・レーマンen:Lotte Lehmann)がタイトル・ロールレオノーレ)を歌った。1939年の改修記念として、カール・ベームの指揮によるリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』が上演された。

1960年祝祭大劇場の完成とともに、これまでの祝祭劇場は『祝祭小劇場』と改称され、モーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』やリヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』などの比較的小規模のオペラの舞台となった。1963年の改修記念として、ロリン・マゼールの指揮によるモーツァルトの『フィガロの結婚』が上演された。この時点でのホールの規模は1,324の座席と60の立ち見席である。

2006年ルクセンブルクの建築家フランソワ・ヴァレンティニ(François Valentiny)により最も新しい改修が行われ、これまで長年の課題であった、フェルゼンライトシューレと祝祭小劇場の同時使用が可能になった。(従来までは同じロビーを利用していた。)改修記念公演としてニコラウス・アーノンクールの指揮による『フィガロの結婚』が上演された。またモーツァルト生誕250年を記念して、『祝祭小劇場』は『モーツァルトのための劇場』(Haus für Mozart、ハウス・フュア・モーツァルト)と改称された。客席は拡張され、現在の座席数は1,495席、立ち見席85である。

なお日本では"Haus"を直訳して『モーツァルトの家』とも呼称されるが、『モーツァルトの生家ドイツ語版』あるいは『モーツァルトの住居』と紛らわしいため、より的確な名称が望まれる。NHKでは『モーツァルト劇場』と呼んでいる。

左から大学教会(コレーゲンキルヒェ)、中央:フランツィスカーナー教会、ザンクト・ペーター教会、中央上:ホーエンザルツブルク城、右:新装なった『モーツァルトのための劇場』、その左にフェルゼンライトシューレの入口がある。


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