モーリス・ハギンズ
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ハギンズは、彼自身が水素結合の概念の最初の提唱者だと信じていたが、彼はカリフォルニア大学バークレー校でギルバート・ルイスの生徒だった。彼の言い分によると、ハギンズは1919年の論文の中で水素結合を提唱し、それをアセト酢酸の互変異性に適用したという。しかしこの論文は残っておらず、水素結合に関する最初の論文は、ハギンズの未公表の論文を脚注で引用している1920年のウェンデル・ラティマーとウォース・ローデブッシュの論文ということになった。
ペプチド結合の構造
1937年、ハギンズはウィリアム・アストベリーのβシートのモデルを分析して、それまで言われていたような水素結合ではアミド基の水素がカルボキシル基の方向を向かないため、実際には形成されないということに気づいた。彼はさらに共鳴によってペプチド結合の空間配置が変わり水素結合が可能になっている可能性を示した。しかし彼は、同時期のライナス・ポーリングの論文にあったように、ペプチド結合は平面的であるとはっきりと指摘することはできなかった。