クロイツフェルト・ヤコブ病
中枢神経の変性疾患
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クロイツフェルト・ヤコブ病(クロイツフェルト・ヤコブびょう、Creutzfeldt-Jakob disease, CJD)は、全身の不随意運動と急速に進行する認知症を主徴とする中枢神経の変性疾患。WHO国際疾病分類第10版(ICD-10)ではA810、病名交換用コードはHGP2。根治療法は現在のところ見つかっておらず、発症後の平均余命は約1.2年。なお、日本神経学会では「ヤコブ」ではなく、「ヤコプ」とし、「クロイツフェルト・ヤコプ病」を神経学用語としている[注釈 1][注釈 2]。

米国に端を発し、ビー・ブラウン社(西ドイツ)製造のヒト乾燥硬膜(ライオデュラ)を移植された多数の患者がこの病気に感染するという事故は日本を含め、世界的な問題となった。
日本においては、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群や致死性家族性不眠症と共にプリオン病に分類される。また、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)における「五類感染症」に分類されている。 また、難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)の対象疾患となっている[1]。
一般的には耳にすることの少ないこの病気だが、症状がアルツハイマー病に似ていることから、アルツハイマーと診断され死亡した患者を病理解剖したらクロイツフェルト・ヤコブ病であると判明するという事もある。病理解剖でないと判別が難しいので、アルツハイマーと診断されているクロイツフェルト・ヤコブ病患者の実数は不明である。
概念
孤発性、医原性、遺伝性、変異型に分類される。変異型は異常プリオン蛋白質を含む食肉を摂取したために発症するもので、イギリスに端を発し、世界中で社会問題となった。かつてニューギニア島で行われていた葬儀の際の食人(死者の脳を食す)習慣に起因するクールー病(WHO国際疾病分類第10版ではA818、病名交換用コードはT284)も類縁疾患に含まれていた。
異常プリオン蛋白質の中枢神経への沈着が原因であるとの仮説が有力である。異常プリオン蛋白質そのものが増殖するのではなく、もともと存在する正常プリオン蛋白質を異常プリオン蛋白質に変換していくため、少量の摂取でも発症する。しかしこの発症メカニズムも確定的ではない。医原性・変異型の潜伏期間は約10年とされており、クールー病では50年を越すものも報告されている。
タイプ
クロイツフェルト・ヤコブ病は、原因や症状により以下のように分類される。
- 散発性(孤発性)CJD
- 発症の原因が不明なもの。およそ100万人に1人の割合で発症するとされている。患者の多くは50歳以上の高齢であり、若年層の症例はまれである。プリオン蛋白遺伝子の正常多型や異常プリオンの分子量によって、さらにMM1、MV1、VV1、MM2、MV2、VV2の6型に分類され、MM1とMV1は古典型、MM2は視床型と呼ばれる。
- 遺伝性(家族性)CJD
- プリオンタンパクをコードする遺伝子(プリオンタンパク遺伝子)の変異を原因とするもの。プリオンタンパク遺伝子は第20染色体の短腕上に存在する。遺伝性CJDを引き起こす原因として、15種類の点変異と8種類の「オクタペプチドリピート」と呼ばれる挿入変異とが知られている。
- 変異型CJD (vCJD)
- 散発性CJDで観察される脳波の周期性同期性放電がみられず、脳の病変部に異常プリオンタンパクの沈着によるクールー斑などが広範にみられる特徴を有するもの。牛海綿状脳症を発症した牛の特定危険部位を食して、牛海綿状脳症が人間に伝達(感染)したものであるとされている。以前は新型、あるいは新変異型とよばれていた。日本では2005年に患者1名が確認されている。この患者は、イギリスに滞在経験のあることが確認されており、同国での感染が疑われている。変異型は若年期に発症することが多いという特徴を持つ[2]。
- 医原性CJD
- 異常プリオンに汚染された医療器具の使用、CJD患者由来の硬膜や角膜などの組織の移植、患者由来の下垂体ホルモンの投与など、医療行為を原因とするもの。病気の型ではなく感染経路に注目した分類である。
病因・症状
検査

- 脳波
- 周期性同期性放電 (PSD) と呼ばれる特徴的な波形が認められる。
- MRI
- 脳萎縮が認められる。拡散強調画像で大脳皮質や視床、大脳基底核に高信号域が認められる。
- 髄液検査
- 神経特異エノラーゼ(NSE)が上昇するが、脳梗塞などで非特異的な上昇が見られることもあるので注意が必要である。14-3-3濃度や総タウ蛋白濃度の上昇は、比較的特異度が高い。14-3-3濃度は孤発性CJDの診断基準の一つにもなっている。RT-QUIC法は異常プリオン蛋白の検出を可能にしており、診断に有用なバイオマーカーとされている。
- RT-QUIC
- 髄液などの検体中に含まれごく微量の異常型プリオン蛋白(PrPSc)を体外で増幅・検出する、プリオン病の診断に最も早期発見かつ高感度バイオマーカー検査法である。近年、研究で血液や皮膚、鼻ブラシなどでの早期発見が模索されている。[5][6][7]
検査法の開発
長崎大学の新竜一郎教授らは、高い精度でこの病気を判別する検査法を開発し、2011年1月30日、アメリカの医学誌に発表した[8]。この方法は、異常型プリオンが髄液に出ることを利用し、腰の髄液を採取すれば検査ができるようにしたものである[8]。
診断基準
異常プリオンを検出するか、病理学的に特徴的な所見が認められた場合に確定診断となる。病理所見や異常プリオンの検出がなくとも、進行性の認知症とPSDが存在し、ミオクローヌス、錐体路または錐体外路徴候、小脳症状または視覚異常、無動無言のうち2つ以上の症状があればほぼ確実例とされる。
歴史
クロイツフェルト・ヤコブ病の名は、1920年および1921年にそれぞれ症例報告をおこなったドイツの二人の神経学者ハンス・ゲルハルト・クロイツフェルトとアルフォンス・マリア・ヤコブとにちなんで、ドイツの精神科医ヴァルター・シュピールマイヤーによって名づけられたものである。ただし、クロイツフェルトが報告した症例の臨床像は今日理解されているクロイツフェルト・ヤコブ病の症状と相違があるため、彼が報告した症例は実際は別の疾患の患者であった可能性が高いと現在では考えられている。このためCJDの病名も「ヤコブ病」と改めるべきであるという主張も近年なされている。[要出典]
CJDの正体が明らかになる上で鍵となったのは、南太平洋パプアニューギニアのフォレ族に見られた風土病「クールー(Kuru)」の研究だった。クールーは震えを意味し、民族固有の儀式的な食人習慣を通じて感染が拡大していることが示唆された。[9]
1950年代から1960年代にかけて、アメリカの医師・ウイルス学者であるダニエル・カールトン・ガジュセックは、クールーの臨床・病理学的な特徴が、CJDが示す脳の「海綿状変化」と酷似している点に着目したガジュセックらは、クールーの患者の脳組織をチンパンジーに接種する実験を行い、長い潜伏期間(数年)を経てチンパンジーがクールーを発症することを証明した(1967年)[10]。これにより、クールーはヒトからヒトへ伝達する感染性の疾患であると世界で初めて認められた。
この画期的な発見は、クールーだけでなく、CJDもまた従来の病原体(細菌やウイルス)では説明できない、極めて特殊な感染性を有する疾患、すなわち伝達性海綿状脳症(TSE)の一種であるという認識を確立された。ガジュセックはこの功績により、1976年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
伝達性は証明されたものの、その病原体が何であるかは長年の謎だった。従来のウイルスであれば、加熱や放射線処理によって不活化されるはずだが、CJDやクールーの感染源はこれらの処理に強い抵抗性を示したためである。
1982年、アメリカの神経学者スタンリー・B・プルシナーは、この未知の感染性病原体が、核酸(DNAやRNA)を持たず、タンパク質のみで構成されているという大胆な仮説を提唱し、これを**「プリオン(Prion, proteinaceous infectious particle)」**と名付けた。[11]プルシナーは、正常な細胞表面にあるプリオンタンパク質(PrPC)が、何らかの原因で異常な立体構造を持つプリオン(PrPSc)に変化し、この異常型が次々と正常型を異常型へと変換していくことで病気が進行するというメカニズムを提唱した。
この「プリオン仮説」は、当初は生物学の常識を覆すものとして激しく批判されたが、その後の研究で次々と裏付けられ、現在ではプリオン病の病態を説明する最も有力な説となっている。プルシナーもまた、1997年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、プリオン病研究は現代医学において重要な分野として確立された。[11]
20世紀後半から21世紀初頭にかけて、英国を中心に発生したウシの病気**「牛海綿状脳症(BSE)」、通称「狂牛病」社会的な大問題を引き起こした。そして1990年代半ば、英国で若年者に好発し、従来のCJDとは異なる臨床的・病理学的特徴を持つ「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)」が報告された。[12]
疫学的研究の結果、vCJDは、BSEに罹患したウシの組織を摂取することでヒトに感染した獲得性プリオン病である可能性が極めて高いとされ、食の安全と公衆衛生上の大きな脅威となった。日本では、2002年以降に問題が表面化し、牛肉に関するパニックが発生した。特に打撃を受けた牛丼屋などは、豚丼にシフトするなど、社会的に大きな影響を与えた。このvCJDの出現により、プリオン病は単なる稀な難病から、国際的な食品安全管理体制の再構築を迫る地球規模の課題へと変貌した。
治療研究
進行性かつ致死的な神経変性疾患であるため、現在、確立された根本治療法が存在しないため、主に欧米の研究機関において、異常プリオンタンパク質の産生阻止や排除を目指す革新的な治療法の開発が進められている。
1. 正常プリオンタンパク質(PrPC)発現抑制戦略
プリオン病の病態はPrPCからPrPScへの変換に起因するため、PrPC自体の発現レベルを脳全体で安全かつ持続的に低下させる手法が、最も有望な治療戦略の一つとして国際的に注目されている。
A. ジンクフィンガー・リプレッサー(ZFR)を用いた遺伝子治療
特に有望視されているのが、sangamo社が中心で研究中のジンクフィンガー・リプレッサー(ZFR: Zinc Finger Repressor)とstac-bbbを活用した遺伝子治療アプローチである。2026年に臨床試験を予定としている[13]2025年11月現在の進展
ZFRの作用機序: ZFRは、PrP遺伝子(PRNP)の特定のDNA配列を認識し結合するように設計された人工タンパク質であり、これによりPRNPの転写を抑制し、結果的にPrPCの生成を大幅に減少させる。[14]
STAC-BBB技術: 米国の研究チームにより開発されたSTAC-BBB(STAC-Blood-Brain-Barrier)と呼ばれる特殊なアデノ随伴ウイルス(AAV)カプシド(ウイルス外殻)にZFRを搭載する技術は、このアプローチの実現可能性を高めた[15]。
STAC-BBBは、従来のAAVよりも高い効率で血液脳関門(BBB)を通過できるため、ZFRを搭載したAAVを静脈内(IV)投与するだけで、脳全体にZFRを送り届け、神経細胞におけるPrPの発現を広範囲にわたって抑制できることが、非ヒト霊長類を含む前臨床試験で示されている[14]。
これにより、1回の投与で持続的な効果が期待できる「ワンタイム遺伝子治療」として、実用化に向けた研究が進んでいる。
B. 核酸医薬(ASO、siRNA)
アンチセンス・オリゴヌクレオチド(ASO): PrP mRNAに結合し、タンパク質への翻訳を阻害することでPrPCの産生を低下させる。現在、髄腔内投与(脊髄腔内注射)による臨床試験が計画・進行中である。[16]
siRNA(short interfering RNA): PrP mRNAを分解させることでPrPCの生成を抑制する手法も研究されており、特に持続性を高めた二量体siRNA(di-siRNA)などが有望視されている[17]。
2. その他の有望な治療法
A. ゲノム編集(Base Editing)
塩基編集: CRISPR/Cas9の技術を応用し、PrP遺伝子(PRNP)の特定の塩基を、タンパク質の翻訳を途中で停止させる変異に置き換える(ノックアウトする)研究が進められている[18]
この手法は、マウスモデルにおいてPrPCレベルを半減させ、生存期間を約50%延長する効果を示した。遺伝性のプリオン病患者だけでなく、他の形態のプリオン病にも応用できる可能性が検討されている[19]。
B. 抗体療法
PRN100: イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で開発されたモノクローナル抗体PRN100は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)患者への「特例使用」として投与され、脳内移行性と安全性が確認された。少数の患者では病状の進行が安定化する兆候も見られたが、大規模な臨床試験による検証が今後の課題である[20]。
まとめ
最新の研究は、PrPCの生成を抑制するという明確な治療戦略に集中しており、特にZFRを用いた遺伝子治療、核酸医薬、およびゲノム編集といった技術が、プリオン病に対する革新的な治療法を提供する可能性を秘めている。これらの有望なアプローチは、現在、前臨床研究から臨床応用へと移行する重要な段階にある。
クロイツフェルト・ヤコブ病が登場する作品
- テレビドラマ
- X-ファイル シーズン2 (1995年) - 第24話「カニバル」
- 24 -TWENTY FOUR- シーズン7 (2009年) - 第17話「0:00 - 1:00」
- インハンド(2019年)- 第3話
- 小説
- 美丘 - 石田衣良による小説作品。2010年に日本テレビで『美丘-君がいた日々-』としてドラマ化もされた。
- カーニバル (小説) - 清涼院流水による小説。