当時デンマーク王がホルシュタイン=ゴットルプ公を兼ねていた、ホルシュタイン=ゴットルプ公領のキールに生まれた。父親も画家で、父親から絵画を学んだ後、1797年から1799年の間、デンマーク王立美術院でニコライ・アビルゴールに学んだ。同じ頃、美術院で学んでいた、同じくドイツ系のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774- 1840)と親しくなった。1798年に展覧会で賞を得て、1799年からフリードリヒと、ドレスデン美術アカデミーで学んだ。1800年から1802年の間はパリに出て、ジャック=ルイ・ダヴィッドの工房や、国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)で学んだ。
1802年から1810年までイタリアに滞在し、デンマークに戻り、1814年に王立美術院の会員に選ばれた。1816年から1819年まで再びイタリアに滞在し、カッファレッリ宮殿(Palazzo Caffarelli)で行われたドイツ系の芸術家の展覧会に参加した。キリスト教美術の誠実性と精神性を取り戻そうとする「ナザレ派」の画家たちとも交流した。1819年にデンマークに戻り、王立美術院の教授に任じられた。同時期に教授を務めたクリストファー・エカスベアの画風、題材が日常的、写実的であったのに対して、より精神的、伝統的であった。