ヨーゼフ (ザクセン=アルテンブルク公)
From Wikipedia, the free encyclopedia
全名
一覧参照
- Joseph Georg Friedrich Ernst Karl
ヨーゼフ・ゲオルク・フリードリヒ・エルンスト・カール
出生
1789年8月27日
神聖ローマ帝国
ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公領、ヒルトブルクハウゼン
死去
1868年11月25日(79歳没)
ザクセン=アルテンブルク公国、アルテンブルク
| ヨーゼフ Joseph | |
|---|---|
| ザクセン=アルテンブルク公 | |
|
ザクセン=アルテンブルク公ヨーゼフ、(ヨーゼフ・カール・シュティーラー画、1848年頃) | |
| 在位 | 1834年 - 1848年 |
| 全名 |
一覧参照
|
| 出生 |
1789年8月27日 |
| 死去 |
1868年11月25日(79歳没) |
| 配偶者 | アマーリエ |
| 子女 | |
| 家名 | ヴェッティン家エルンスト系 |
| 父親 | フリードリヒ |
| 母親 | シャルロッテ |
| 宗教 | キリスト教ルター派 |
ヨーゼフ(ドイツ語: Joseph Georg Friedrich Ernst Karl von Sachsen-Altenburg, 1789年8月27日 - 1868年11月25日)は、ザクセン=アルテンブルク公(在位:1834年 - 1848年)。
ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公(1826年よりザクセン=アルテンブルク公)フリードリヒとその妃でメクレンブルク=シュトレーリッツ大公カール2世の娘であるシャルロッテの間の次男、事実上の長男として生まれた。
1814年には同盟国側についてナポレオン戦争に参加し、その後はザクセン王国軍に少将として仕えた。1834年に父の後を継いでザクセン=アルテンブルク公となった。ヨーゼフの政府は保守反動的だと見なされ、このためドイツで1848年革命が発生した際、ヨーゼフは退位を余儀なくされ、公爵位を弟のゲオルクに譲った。