リュサン炉
スイスの実験用原子炉(廃炉)
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リュサン炉(りゅさんろ、リュサン実験用原子力発電所(ドイツ語: Versuchsatomkraftwerk Lucens))は、スイス連邦ヴォー州ブロイエ・ヴュリー郡リュサン近郊に建設された実験用原子炉。定格出力は6MW。1968年1月29日に電力網に接続されたが、この炉は1969年1月21日に原子力事故が発生するまでの僅か1年程度のみ運転されただけであった。この事故の原因は、腐食により放熱不良に陥ったことで圧力管が破損し、隣接する圧力管も巻き込んで破壊された。更に炉心溶融も発生し、その結果、炉が設置されていた洞窟が放射能で汚染された[1][2][3][4]。
| リュサン炉 | |
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地上から見たリュサン炉の実験施設 | |
| 正式名称 | Versuchsatomkraftwerk Lucens |
| 国 |
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| 所在地 |
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| 座標 | 北緯46度41分34.16秒 東経6度49分36.81秒 |
| 現況 | 閉鎖(封印) |
| 着工 | 1962年4月1日 |
| 運転開始 | 1968年5月10日 |
| 運転終了 | 1969年3月3日 |
| 事業主体 | Nationale Gesellschaft zur Förderung der industriellen Atomtechnik |
| 運営者 | Energie Ouest Suisse |
| 原子炉 | |
| 運転終了 | 1 x 6 MW[1] |
| 種類 | ガス冷却重水炉 |
| 原子炉製造元 | サーマトム |
| 発電量 | |
| 定格出力 | 6 MW |
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ウェブサイト www | |
| 1969年1月21日の原子力事故で損傷し、炉心溶融と深刻な放射能汚染を引き起こした | |
詳細
1962年、スイスで設計された実験用原子炉の建設が開始された[1][5][6][7]。この炉は、減速材に重水を使用する重水炉、かつ冷却材に二酸化炭素ガスを使用するガス冷却炉であり、ガス冷却重水炉(Heavy Water Gas Cooled Reactor, HWGCR)に分類されるもので、洞窟内に建設された[8]。この炉は、28 MWの熱を発生させることが可能で、そこから6 MWの電気を発電する能力を持っていたが、1966年12月29日に臨界に達した[1]。この炉では、濃縮ウラン(0.96%)とクロムの合金を核燃料とし、これらがマグネシウム合金[注釈 1]のケースに収められ、黒鉛基盤に挿入されていた。二酸化炭素ガスは加圧されており、流路の中の最高点で6.28 MPa、223 ℃、排出部では5.79 MPa、378 ℃に達していた[9]。
原子力事故
このリュサン炉は1969年終わりまで運用される予定だったが、運用開始期の同年1月21日に冷却材喪失事故を起こした。これにより炉心溶融が発生し、原子炉が設置されていた洞窟を放射能で汚染、最終的に封印された[10]。1990年に国際原子力機関(International Atomic Energy Agency, IAEA)が導入した国際原子力事象評価尺度では、この事故はレベル4「事業所外への大きなリスクを伴わない事故」に分類された[11]。
この事故は、運転停止中に核燃料を覆うマグネシウム合金に発生した水滴によって発生した腐食が原因だった。この腐食で発生した物質は、いくつかの燃料挿入部に蓄積していった。ある縦型燃料挿入部はこの発生物によって顕著に詰まりが発生しており、二酸化炭素冷却材の流れを阻害していた。この腐食はマグネシウム合金被膜が融解したもので、融解物が燃料挿入部の詰まりとなった。温度上昇に加えて被膜が融解したことで、ウラン燃料が冷却材である二酸化炭素冷却ガスに直接露出し、最終的に発火するに至った。核燃料挿入部近辺の圧力管は、異常高温と核燃料ユニットの発火によって破断し、二酸化炭素冷却材が逸失、事故につながった[12][13]。

放射線照射された従業員や住民は現れなかったが、原子炉の存在した洞窟では深刻な放射能汚染が発生していた。洞窟は除染され、施設は事故後数年間をかけて撤去された。施設は1988年に正式に閉鎖され、最後の放射性廃棄物が2003年に撤去された。しかしこの他の放射性残存物が、コンクリートで充填され埋立処分された原子炉の中に遺されたままとなっており、これらの撤去については予定されていない[14][15][16]。
関連項目
- スイスの原子力発電所
- 原子力事故の一覧