ルドルフ・ランゲ (日本学者)
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ランゲはベルリンに生まれ、大学で古典文献学とゲルマン学を学んだ。その後ベルリンのギムナジウム・ツム・グラウエン・クロスターに短期間雇用された後、1874年から1881年まで東京医学校(のちの東京大学医学部)でドイツ語・ラテン語・地理学の講師の職を得た。この間ランゲはまた、1873年に設立されたドイツ東アジア自然・人文学会に参加し、会を通して著作を出版した。とくに日本のことわざや慣用句がランゲの興味を引いた。
1887年、フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ベルリンに東洋言語研究所(Seminar für Orientalische Sprachen, 略称SOS)が設立されると、ランゲはその最初のかつ唯一の日本学教授となり、第一次世界大戦まで外交官・商人・通訳・科学者のために言語と地誌の訓練を施した。1920年に健康上の理由で(目が悪くなったのと、神経痛のため)退官した。
ルドルフ・ランゲはドイツの日本学の共同創始者のひとりと考えられており、日本語とその文字に関する基礎的な教科書を編纂した。