ミラノで生まれた。美術愛好家の商人の息子で、弟のエルネスト・バッツァーロ(1859-1937)は彫刻家である。風景画のガエターノ・ファサノッティ(gaetano fasanotti)に学んだ後[1]
、1868年からミラノのブレラ美術アカデミーに入学し、ラファエーレ・カスネディやジュゼッペ・ベルティーニに学んだ。
教会や宮殿の内部を描いた作品を描くようになり1873年に、アカデミーの定期美術展にデビューし、翌年にはジェノヴァの美術振興協会の展覧会に出展した作品はモデナの美術館に買い上げられた。
1878年に「ウンベルト皇太子賞(Principe Umberto)」を受賞し[2]、1889年のパリ万国博覧会でメダルを受賞した。1893年にはブレラ美術館の展覧会で金メダルを受賞した。
1894年にアマチュア画家で陶芸家のコロナ・ダグラス・スコッティ・デッラ・スカーラ(Corona Douglas Scotti della Scala)[3]と共に、モッタローネ山麓(Mottarone)のアルピーノ(Alpino)に移り、その地域の風景や人々を描き、後に彼女と結婚した。いた。
1897年に、ミラノ・トリエンナーレで金メダルを受賞し[4]、1904年にはセントルイス万国博覧会で銀メダルを受賞し、1906年にも「ウンベルト皇太子賞」を受賞した。
1914年に国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世に作品を買い上げられ、ベネツィア・ビエンナーレで作品22点が展示される特別展が開かれた。
1915年のサンフランシスコ万国博覧会で金メダルを受賞し[5]、1917年にはミラノの美術館で弟のエルネストとレオナルド・バッツァーロの回顧展が開かれた。
1937年に84歳でミラノで亡くなった。