レオン・フレデリック
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1856年、ブリュッセルの裕福な宝石商の息子に生まれた。ブリュッセル王立美術アカデミーで学び、1874年からオリエンタリズムの画家、ジャン=フランソワ・ポルテールの工房で学んだ。1876年から1878年の間、ローマ留学の奨学金の得られるコンクールに応募するが入賞できず、父親が資金を出して1878年から2年間イタリアに留学した。ナポリ、ローマ、フィレンツェ、ベネツィアを旅し、サンドロ・ボッティチェリやドメニコ・ギルランダイオといった「クワトロチェント」様式と呼ばれる初期ルネサンス画家たちの作品から影響を受けた。
帰国後、ブリュッセルの展覧会に出展し、自然主義の画家、ジュール・バスティアン=ルパージュの作品からも影響を受け、社会的な主題の作品も描いた。ブリュッセル王立美術アカデミー出身者が母体となった美術家グループ、「L'Essor(発展)」のメンバーになり、その展覧会に出展した。1882年のサロンで初受賞し、1889年のパリ万国博覧会の展覧会に出展し金メダルを受賞した。
1890年頃から象徴主義に傾倒し、1896年よりジャン・デルヴィルが主催した「Salon d'Art Idéaliste(理想主義芸術展)」に出展した。