ロイ・カーン
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18歳の時から3年間、音楽大学で声楽とオペラを学ぶ。その過程にあった1991年にオーディションの末プログレッシヴ・メタル・バンド、コンセプションへ加入する。
ヘヴィ・メタルのクラシックなルックスを重視していたバンドだったが、カーンはロングヘアを好まなかったため、当初は鬘を着用していた。またバンドを初めて間もなく、当時の教師からオペラの道かメタルの道かどちらかを選ぶように問われ、過去の遺産を歌うよりも自分だけの歌を歌い続けることを望み、以後はクラシック音楽ではなくヘヴィ・メタル界に進むことを決意する。
バンドは自主レーベルのCSFレコードを起ち上げてアルバム『ザ・ラスト・サンセット』(1991年)を発表した後にノイズ・レコードと契約する。1997年までに合計4枚のアルバムと1枚のEPをリリースした。
カーンは、アルバム『シージ・ペリロス』制作中にシンガーを失ったキャメロットに参加、以後はバンドの中枢であるトーマス・ヤングブラッドとともに作曲においても重要な位置を占めている。
2005年に再結成したコンセプションにも参加し、キャメロットと並行して活動した。
