ロドス包囲戦
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背景
包囲
そこでデメトリオスは艦隊200隻と補助船150隻、そして多くの海賊船を率い、ロドス島を包囲した。また、彼の艦隊には略奪の利益を見越して1000隻以上の商船が付いて来た。
デメトリオスがバリスタやカタパルトを何段にも装備した攻城塔のヘレポリス (helepolis) を建てるなど両軍共に様々な兵器を使って戦い、壮絶な攻防戦を繰り広げた。ロドス側はデメトリオスに対しよく防戦し、彼は攻囲を諦めざるを得なかった。
紀元前304年に戦いの長期化を望まないデメトリオスの父アンティゴノス1世とプトレマイオスとの妥協の産物として両者は講和条約を結んだ。この講和条約によりロドス島はデメトリオスとプトレマイオスとの戦争における中立を約した。これによってロドス島の海軍力をプトレマイオスに使わせまいとするアンティゴノス・デメトリオス父子の目的は一応は達せられた。また、デメトリオスは最終的にロドス征服こそ果たせなかったものの、その過程で他の都市を多く包囲、陥落させたため、ポリオルケルテス (攻城者) と呼ばれるようになった。