ワーリントン・ベーデン=パウエル
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴の初期において彼は、船長(Master Mariner)の資格を得て、王立海軍予備隊(Royal Naval Reserve)の中尉となった。
カヌーの持つ魅力の虜となった彼は、1871年、24歳のときにバルト海一円を自らパドルで漕いでカヌーで巡航した。ドイツ、デンマーク、スウェーデンへの寄航の経験を含んだこのときの航海記「Canoe Travelling: Log of a Cruise on the Baltic, and Practical Hints on Building and Fitting Canoes」は、1871年に刊行された。
1876年、インナーテンプル法学院の第三学期には法廷弁護士として認められ、後には英国海軍法務局(?)入りし、海に関するいくつかの重要な組織のメンバーになった。
1872年4月26日に勅選弁護士(King's Counsel/K.C.)として認められた。
王立地理学会(Royal Geographic Society/F.R.G.S.)のフェローに選ばれた。
また、船大工の会社(The Shipwrights' Company)、造船協会(Naval Architects Council)の会員、ヨットレース協会(Yacht Racing Association)、アテナイオン・クラブ(Athenaeum Club)の会員資格も得た。