ヴァルター・ベリー
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ウィーン音楽大学でガロスに師事した後、1949年にウィーン国立歌劇場のアンサンブルとなる。
1952年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのオペラ『魔笛』におけるパパゲーノ役でデビューし、翌1953年からはザルツブルク音楽祭のステージにも立つようになる。
以降、ウィーン国立歌劇場のステージには、通算で1228回出演し、40以上のプレミア上演に係わっている。
1955年にはアルバン・ベルクのオペラ『ヴォツェック』で主役を演じ、国際的に知られるところとなり、1958年には北米デビューも果たす。
その後、1960年代以降はベルリン・ミュンヘン・ニューヨーク等の主な歌劇場で活躍した。
1963年にはウィーン国立歌劇場の宮廷歌手を拝した。
同年、ベルリン・ドイツ・オペラと共に来日し、日生劇場での杮落としシリーズとして上演された『フィガロの結婚』でフィガロを演じた。
1981年からはウィーン国立歌劇場名誉団員。1989年からはウィーン国立音楽大学で教鞭を執っていた。私生活面では、1957年にクリスタ・ルートヴィヒと結婚したが1970年には離婚した。2000年10月、心筋梗塞のためウィーン市内で死去。