ヴィルヘルム・エマヌエル・フォン・ケッテラー From Wikipedia, the free encyclopedia ヴィルヘルム・エマヌエル・フライヘル・フォン・ケッテラー(Wilhelm Emmanuel Freiherr von Ketteler、1811年12月25日 - 1877年7月13日)は 、ドイツの神学者・マインツ司教。カトリックの社会教説(ドイツ語版)に基づいたキリスト教社会運動の先駆の一人であり、とりわけ労働運動や労働組合に力を入れたことで「労働者の司教」と呼ばれた。 ヴェストファーレンの貴族の家系に生まれる。スイスのイエズス会の寄宿学校を経てゲッティンゲン大学で法学を修める。更にベルリンに遊学しサヴィニーの講義を聴講して弁護士になるが、ケルン大司教だったドロステ=フィシェリングの逮捕を切っ掛けとして法律家としてのキャリアを断念。ミュンヘンで神学を修めた後1844年にミュンスターで司祭に叙階され、1850年にマインツ司教となる。 ドイツ統一とその後ビスマルクによって行われる文化闘争の矢面にカトリックが立たされる中、ケッテラーは中央党の結成に参加、更にミュンヘン時代の学友だったアドルフ・コルピング(ドイツ語版)の影響もあって社会問題・特に当時勃興してきた労働者の生活課題に関心を持つことになる。1864年に上梓した『労働者問題とキリスト教』は、自由市場や資本主義による労働者の不利を克服し資本家に対抗する存在としてツンフト的な互助組織を称揚し、根底の理念としてキリスト教ことカトリック哲学を位置づけた。こうしたケッテラーの試みは後に教皇レオ13世が出した回勅『レールム・ノヴァールム』で公式のものとされ、更に第二次世界大戦後の西ドイツで制度化された労使共同決定にまで影響を及ぼしている。 妹アンナの孫であるクレメンス・アウグスト・グラーフ・フォン・ガーレンもミュンスター司教となり、ナチスの安楽死政策を批判している。 参考文献 濱口桂一郎・海老原嗣生『働き方改革の世界史』(ちくま新書・2020年)ISBN 9784480073310 Related Articles